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ぐるなび

東京都内の“おいしい”探訪記

2016.12.6

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2016年12月2日(金)『ミシュランガイド東京2017』が発売となった。今年で10年目を迎えるミシュランガイドだが、中でも大きな話題となったのがラーメン店「創作麺工房 鳴龍」の一つ星獲得である。ラーメンのジャンルでは、昨年の東京・巣鴨「Japanese Soba Noodles蔦」に続く2軒目で、何よりも担担麺を売りにしている店が選ばれたことは注目に値する。2016年度版でもビブグルマンの中には入っていたが、星の獲得で蔦と肩を並べる存在になったわけだ。まさに新たなスターの登場である。

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既に地元客を中心に人気店になっており、今後さらに行列が伸びることは間違いない。濃厚なうま味にあふれた担担麺だけでなく、ストレートの細麺に、香り高いスープがからむ醤油拉麺と塩拉麺も特筆すべきメニュー。1人で3杯を平らげる猛者も珍しくないのだとか。複雑でありながらも、すっきりとした後味。一度箸をつけると、勢い良く最後まで食べさせてしまう秘密はどこにあるのか。早速、暖簾をくぐることにした。

白ワインが欲しくなるチャーシュー

大塚駅から歩いて数分。少し分かりにくい場所に鳴龍がある。ラーメンの人気店はなぜひっそりした場所にあるのか。家賃など出店コストが一番の理由には違いないだろうが、そこまで歩かせるほど魅力があるから、という自信の表れではないか。

店の中に入って驚くのは整然としたオープンキッチンだ。スープの香りがしなければ、ラーメン店とは分からず、イタリアンが出てきてもおかしくない。食券販売機を見つけて、ようやくラーメンを食べに来たという気持ちに火が入る。

評判の担担麺800円(税込・以下同)は必ず食べるとして、醤油拉麺750円にも塩拉麺800円にも目がとまる。さらに、炙り焼きチャーシュー450円も捨てがたい。結局すべての食券を手にして席に着く。

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カウンターの中では、店主の斎藤一将さん(写真上)がチャーシューの塊を用意している。真空にしてからスチームコンベクションを使う低温調理だ。分厚く2枚をていねいに切り分け、そのあと表面に碁盤のように包丁を入れる、炙った表面を除けば、ローズ色に肉が輝いている。

脂の少なめな肩ロースながら、とろけるような食感になる。いわば低温の油で調理するコンフィに近い。しかしコンフィと違って、しっかりとした味わいであるのは、バルサミコ酢で風味をつけ、さらに醤油をからませた真空調理であるからだ。

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本当にラーメン店なのか。目を疑ったのは、チャーシューの上にしっかりとしたソースがかかっているからだ。タマネギをベースに、醤油、酢、オリーブオイルで作っている。450円のつまみならビールが定番 だろうが、思わずメニューの中にグラスワインの白を探してしまうほど洗練されている。

このメニューは残念ながら夜の部のみ。こっそりバケットとワインを持ち込み、肉を食べた後のソースを染み込ませたパンを口に運び、ブルゴーニュのシャルドネとのマリアージュを楽しみたい。もちろん、そんなことは許されない。思わず妄想してしまうほど、セクシーな味わいのチャーシューなのである。

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寸胴鍋一つで作る究極のスープ

最初の1杯に選んだのは醤油拉麺。店主の斎藤さんが修業したのは、ラーメン通なら良く知る護国寺の「柳麺 ちゃぶ屋」。残念ながらいまはない。ちゃぶ屋系列の「原宿MIST」を経て「香港MIST」で料理長を務め、そのときに『ミシュランガイド香港2011』 で一つ星を獲得している。あの伝説の醤油味が食べられるのかと期待が高まる。

もちろん、「柳麺 ちゃぶ屋」の再現ではない。

斎藤さん流の改良を加えて、独自に完成させたスープの説得力は半端ではない。丸ごとの鶏を中心に牛骨や野菜を入れたスープは、寸胴鍋一つで最初から最後まで仕上げる。斎藤さんは「ダブルスープならだれでも美味しく作れますからね」と説明する。一般的なラーメン店に多い、魚介系と肉から別々にスープを作り、仕上げて合わせる方法をあえて採用せず、いわば寸胴1本勝負なのだ。

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言葉にすれば簡単かもしれない。だが、食材によってうま味の出る煮込み時間が違う。例えば牛骨は9時間かかり、丸鶏は6時間。少し珍しい材料として生カキを入れているが、これも試行錯誤して4時間煮込めばうま味がもっとも強くなると分かった。

もし、カキの風味と香りを生かすなら、1時間半ぐらいがちょうどいいのだという。しかしそうなると、スープのなかでカキの存在感が強くなってしまう。仕上げ時間から逆算をして、食材を一つひとつ足しながら一つの寸胴鍋で仕上げるスープは手間だけではなく、斎藤さんの知恵を織り込んでいるからこそ、複雑でありながら筋の通った味となるのだ。

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まずはひと口スープをすする。醤油は香りがいいものと、だし感のあるものの2種類をブレンドしている。だが、醤油が味を主張しすぎないように控えめだ。スープの中にカキが入っているためか、やわらかな甘みを感じて、それが食欲を刺激する。

次に麺だ。もともと斎藤さんが修業の場として、ちゃぶ屋を選んだのも自家製麺だったから。「創作麺工房 鳴龍」ではつるつるとした食感にこだわり中力粉がベースとなっている。実際にまるで稲庭うどんのように、つるりと口の中に滑り込む麺の感覚は、これまでにありそうでなかったものだ。かといって、全くスープが絡まないわけではない。

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その秘密は少量混ぜた全粒粉にある。やや平打ちをかけた麺の表面をよく観察すれば粒子が見える。この小麦粉の表皮、胚芽、胚乳からなる粒子が、麺にスープを引き止めさせることを成功させ、口の中に仲良くやってくるのだ。こうなるともう止まらない。完食まで数分しかかからなかった。

ストレートな担担麺の複雑な美味しさ

実は斎藤さんが最初に修業したのはラーメン店ではなかった。もともとモノ作りに興味を持っていた高校時代の斎藤さんが、進路先として選んだのは調理専門学校。“何か作りたい”との漠然とした夢をかなえる近道と考えたのだ。卒業後の就職先はホテル調理場で中華を担当した。

「パーティーで100人ぐらいの量を作るわけですよ。でも、お客さんが美味しいって食べている姿を見る機会がなかったんです」と当時を振り返る。調理場があったのは地下1階。そこから3階にある宴会場まで運ばれて行く中華料理を、ひたすら“生産”するのが斎藤さんの仕事だった。それでも9年間働き、「このままではモチベーションが保てない」と見切りをつけて、自分の店を目標にラーメンの修業の道を歩んだわけだ。

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すでにその時も得意だったのが担担麺である。目の前に置かれた一杯は、ラー油と芝麻醤の描くグラデーションが美しく、そこから柔らかい香りが立ち上る。決して刺激の強いものではない。だが口の中にそっと流し込めば、輪郭のある辛さと甘みが同時に舌を揺さぶる。少しだけ間を置いて、爽やかでいて個性的な酸味が、早く麺をかきこめと催促をする。具はそぼろ肉と青ネギだけなのだが、この深さは何なのか。もしかして特別な技を使っているのか。

「オーソドックスな作り方をしていますよ」と斎藤さんは笑う。秘密はスープにあった。醤油麺と全く同じスープをラー油と芝麻醤に合わせて作ることで、スープ本来の持つ複雑な味わいが、奥行きを与えているのだ。さらに酸味を加えて、味のバランスを整えている。その正体は黒酢とリンゴ酢。一部の店ではコクを感じさせるために、味噌を入れたりしているが、そのような足し算はしていない。トッピングとしてチャーシューや、パクチーを加えて、自由に楽しんでもらいたいといのが斎藤さんの願い。ベースがしっかりしているからこそ、味わいがブレることはない。

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一通り担担麺を堪能したら、途中でパクチーと山椒を投下してほしい。驚くほど味に深みが出、より美味しさが増す。

絶品の塩ダレのレシピを公開

もうすでにお腹はいっぱいになっているが、塩拉麺を味わずして帰るのはもったいない。だが、すでに味の濃い担担麺を食べた後に、ちゃんと分かるだろうか。湯気の立つ一杯をカウンターから受け取り、レンゲでスープを飲んだとたん、不安は杞憂だったことがわかった。

魚介を中心とした塩ダレとスープを合わせていることは分かる。だが、コンブとカツオ節らしきだしの味を除いて、どんなメンバーが集まって作られたユニットなのか見えないのである。

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「教えましょうか」と斎藤さんが再び笑顔になる。惜しげもなくレシピを公開してくれた。曰く、コンブ、生のアサリ、白ワイン、焼きアゴ、煮干し、鰹節(粗削り)、干しえびがオールスターキャストだ。どのメンバーも自己主張することなく、まるで一つの食材から作られたかのようにまとまっている。しかもコンブは羅臼産にこだわっているという。味わいからして、ふんだんに使わなければここまでうま味を出せない。

麺は醤油拉麺と同じ全粒粉を混ぜたもの。うま味の凝縮したスープに絡んで口の中に飛び込んでくるのが、美味しいというよりは愉快でさえある。正直に言えばラーメンというより日本ソバだ。つるつるとした麺を、ひたすらすすっていく。先ほどまで食べていた担担麺を忘れるほど夢中になれる。これも注文して正解だったと胸をなでおろす瞬間だった。

ストーリーはまだまだ続く

ラーメンはショートムービーだ。フランス料理のフルコースのような大作映画ではないかもしれないが、オープニングのスープに始まり、最後のひと口をすするときまで、味わいのドラマが連続する。勢い良く食べてしまえば5分にも満たない快楽。だが、この凝縮感は何だ。特に「創作麺工房 鳴龍」のように、ていねいに作られ、創意工夫された一杯に出合うと、大作の感動とは違う直接的で官能的な刺激に思わず声をあげてしまう。そこには斎藤さんが見たかったお客さんの笑顔があふれている。『ミシュランガイド東京2017』でラーメン店として2軒目の快挙を達成したのは偶然ではない。斎藤さんの笑顔のストーリーは始まったばかりだ。

撮影・取材/寺尾 豊(フリーライター、映像作家)

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取材した施設

  • レストランラーメン 鳴龍

    東京都豊島区南大塚 2-34-4

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