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ぐるなび

東京都内の“おいしい”探訪記

2016.12.20

「1羽の鶏をさばき、整え、焼く。シンプルだからこそ、焼鳥はまだまだ面白いですよ」

阿佐ヶ谷 バードランド 店主 千野桂一

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抜群のコストパフォーマンス。一つ星「阿佐ヶ谷バードランド」の焼鳥フルコース

2015年度のビブグルマンから、本年度遂に一つ星に昇格した「阿佐ヶ谷バードランド」。焼鳥通で知らぬ者なしの老舗「銀座バードランド」からの暖簾分け、という単純なイメージでは語り尽くせない名店だ。店主の千野桂一さんは本家バードランドで8年間勤務し、2000年からは店長を務めた。同店はもともと阿佐ヶ谷にあったが、2001年に銀座へと移転している。

「独立を検討し始めたのと同時に、以前入っていた阿佐ヶ谷の物件が空くという情報が舞い込んだんです。ありがたいことに師匠である和田さん(「バードランド 銀座」店主の和田利弘氏)から、同じ場所なんだからうちの店名を使ったらどうだ、と言っていただき、バードランド発祥の地に3年ぶりに戻った形です」。なじみ客と新しいファンに慕われて、新生・阿佐ヶ谷店は今冬13年目を迎えた。

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焼き場を囲むように据えられた大きなコの字形のカウンターは、その日集った客が1つの囲炉裏を囲んでいるような親密感がある。それでいて席の間隔はゆったり設けられているから、プライベートはほどよく保たれる。

単品で頼むのもいいが、「阿佐ヶ谷 バードランド」らしさを堪能するなら3,700円(税別・以下同)、5,000円、6,500円の3種のコースから選ぶのがおすすめだ。今回は人気の焼鳥5本に前菜、サラダ、親子丼などがセットになったおまかせAコース5,000円を紹介しよう。

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スターターは前菜4品。まずは「軍鶏皮の二杯酢」をつまみにビールで乾杯といこう。脂さっぱり、小気味よい歯ごたえは奥久慈軍鶏の皮ならでは。柔らかな酸味の後で薬味のパクチーが繊細に香る。川越の小野食品から取り寄せたフレッシュな「ざる豆腐」は、オリーブオイルと塩で。シーズンによっては青大豆のときもあるそうだ。

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これまたうまいのが、揚げたての「手羽のコンフィ」(写真・上右)。歯を入れた途端、脂のうま味が軽やかにほとばしる。そして「胸肉のリエットとレバーパテ」(写真・上左)は店主自慢の一皿。リエットからはクミンがほんのり感じられ、爽やかなあと味。対照的に、パテは生チョコレートを思わせる豊潤な香りと舌触り。ブランデーとたまり醤油のコクが成せる技だ。

この頃には、飲み物をワインに切り替えてもいいだろう。阿佐ヶ谷店を訪れる理由の一つはワインのユニークなラインナップにあるのだから。そのこだわりは後述するとして、コースはいよいよ本編の焼き物ゾーンへ突入する。

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まず最初にいただいたのは「わさび焼き」だ。他店の多くはささみが使われるが、バードランドはしっかりとした噛み応えと、うま味が魅力の胸肉にこだわる。「七分の火通りでふわりとした食感に留めています。粗おろしのわさびに辛みはないので、肉のしっかりとした風味を素直に楽しめますよ」。

バルサミコ醤油をひと刷毛した「レバー」、山椒が誘う香ばしい「皮」……お分かりだろうが、それぞれが完成度の高い一品料理なのである。つなぎの入らない「つくね」を煮切り醤油で、「ねぎま」をたれで噛み締めた後は、季節の野菜串が続く。

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岩手産の原木しいたけは豊潤な汁気を蓄え、静岡のトマト「一寸法師」は酸味のバランスが絶妙。産地や味の特長を店主に尋ねながら、大切に味わいたい。

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箸休めの「クレソンと果物のサラダ」は、阿佐ヶ谷店オリジナル。この日入っていたのは洋ナシ。苦みと甘みのコラボレーションが焼鳥と見事にペアリングすると、バードランド往年のファンをも唸らせる一品だ。

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締めはこれを目当てに来る客も少なくない「親子丼」。胸肉ともも肉のダブル使い。黄色も味わいも鮮やかな奥久慈軍鶏卵の半熟と共にかき込めば、体中に幸せが充満。そして最後にデザートのプリンをいただき、緩急あるフルコースが完結する。

鶏は本家同用、奥久慈軍鶏を使用。「地鶏っていろいろありますが、奥久慈軍鶏は脂肪が少なく、筋肉繊維の緻密さがすばらしい。焼鳥という調理法に実に向いている鶏だと思います」。

その日使う分を丸鶏からさばき、丁寧に処理を施す。きっちり整えられた肉片が串に並ぶ様は、寿司の握りに匹敵する職人芸と言っていいだろう。

「その日の鶏を見つめながらさばき、塩の振り方を加減し、焼き方を見極める。うちの串は丸いので、肉が均一じゃないと焼いているときに回転しちゃうんですよ。ただ刺さっているだけに見えますが、奥深いんです。“ひと串に掛ける思い”ってやつですね」。

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本家の焼鳥をリスペクトし続けるも、それを彩るサイドメニューには千野さんのオリジナリティがちらり。例えば、親子丼と一緒に供される鳥ガラのスープ。

「銀座店でも提供していますが、荻窪にある中華の名店『北京遊膳』の御主人に鳥ガラの扱い方を教えてもらったおかげで、いっそうクリアでうま味豊かなスープになったと感じています。元来食べることが好きなので、休みの日は気になっている店を食べ歩きをし、おいしいと感じたものからアイデアやヒントをいただいていますね」。

クレソンのサラダも、ドレッシングの隠し味は魚醤。千野さんのアンテナは、国籍を問わず幅広い。その象徴たるのが、先述したワインの充実である。

「ワイン、好きなんです。焼鳥は和食ですが、シンプルに調理した肉なので、もちろんワインとよく合うんです。お店で出すお酒は全て試飲し、うちの焼鳥に合うものだけを選んでいますよ」。

今年の11月には、念願かなってソムリエの資格を取得。ワインのプロとして、今まで以上に焼鳥とワインのマリア―ジュを探求したいと意気込む千野さんに、さらなる輝かしいニュースが飛び込んだ。それが一つ星の称号だ。

「大変にうれしい名誉。本店とは違った魅力を評価してもらえたものと受け取ります。けれど、スタンスは今まで通り。おいしい焼鳥をおいしいお酒と共に、阿佐ヶ谷らしくわいわい楽しんでもらえることが一番ですね」。

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「変わるもの」と「変わらないもの」の両方を、これからもずっと。

本家から受け継いだ揺るぎない焼鳥の上に、千野さんの新しい味が重なっていく。この現象が生まれる背景には、名店がひしめく阿佐ヶ谷という場所も大きい。店同士がジャンルを超えて交流し高まっていく関係は、客として通う我々にとっても頼もしい限りだ。新たに一つ星に輝いた「阿佐ヶ谷 バードランド」の進化に、これからも期待したい。

撮影/クラブミシュラン 岡久加苗(ぐるなび) 取材/伊藤佳代子

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