特集

ぐるなび

東京都内の“おいしい”探訪記

2017.2.15

「奈良の自然、風土、奈良の人達と出会ってふれあった空気……。僕自身が感じた奈良をフレンチで表現したい」

シエル エ ソル 料理長 音羽 創

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東京・白金台にとても美しいフレンチを提供する店がある。プラチナ通りから少し入ったところにあり、都心にあるとは思えないほど閑静な場所にあるレストラン「シエル エ ソル」だ。天井も他の店の倍はあるのではないかというほど高く、目をつぶって連れてこられたなら、いつの間にか北欧を旅行しているのではないかという気分になるだろう。

実はこの店、とある県に焦点をあてている。その県とは古都の歴史を色濃く残し、観光地としても人気の奈良。個人的な見解ではあるが、四方を山に囲まれた奈良は、どちらかと言えば美食のイメージがなかった。しかし、実際に味わってみれば、そのプレゼンテーション――皿の上に提示されるビジュアル、世界観の美しさに勝るとも劣らないほどの完成度だった。『ミシュランガイド東京2017』で一つ星として新しく登場したのもうなずける。

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バターを使わなくてもコクのあるソース

料理にとって美しさは必要条件だ。特にフレンチや日本料理では、いくら味わいが良くても、人を感動させるような佇まいでなければ、美食家の食指を動かせない。ところが、そのことばかりに気を使うことで、肝心の美味しさを放棄したようなメニューに出会うことがある。SNSで拡散されることを前提としたデザイン。客の笑顔は写真を撮影して、口に運ぶまでで終わってしまう。

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正直、一品目から先制パンチを食らった。「アマゴのベニエ 柿酢のビネグレット」(写真上)は、ただの稚鮎の天ぷらではない。アマゴが衣をまとって白いソースの上で泳いでいる。そっと口のそばまで持ってくると、淡い香りがする。透けるように薄くスライスされたウドとカリフラワーに由来しているようだ。思い切って頭からかじる。

味は想像をはるかに超えていた。アマゴを口に含むと、ほんのわずかな抵抗をみせた後、柔らかく崩れていく。最初に香ばしさが口の中を占拠し、それからクリーミーなソースが自分の舌を覆い包む。フレンチだからと予想したバターの香りがしない。この潔いさっぱり感で、あっという間に魚を食べつくす。

皿に残ったソースを確かめると、カリフラワーのピューレだった。鶏のスープと合わせて、食べ応えがあるようにしているという。乳化を完全にすることで、バターのような滑らかな食感になっている。見た目にふさわしい美味しさに、早くも次の皿への期待が膨らむ。

食材と空間、すべてで奈良の魅力を体感

ベニエで使われているのは、ほとんど奈良県産の食材だ。アマゴに始まり、カリフラワー、三つ葉、柿酢も奈良県で生産されたもの。唯一、ウドは栃木のものを使っているという。シェフの音羽創氏は宇都宮の出身。

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「収穫して時間を置くと香りが飛びやすいこともあり、馴染みのある栃木のものを使った」と理由を説明する。奈良県がテーマの店ではあるが、全てを奈良県のもので統一しているわけではない。

「奈良県の歴史や風景を感じてもらえれば」というのが音羽氏のスタンスだ。つまり、奈良県の食材に限定して、いかに見栄えのするフレンチを作るかではなく、メニュー全体を通じて奈良県を表現しようとしているのである。だから他府県産のものであっても、コンセプトに合えば積極的に使っていく。

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階段を上って足を踏み入れた瞬間、日本料理店でもない、北欧でもない、静かでシンプルな空間に心が吸い込まれる。天井高のある空間は木を多用することで神社のような荘厳さがある。格子状の建具、テーブル、床材は食材以上に奈良にこだわり、吉野のヒノキやスギを使っている。

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この舞台の上で、シェフの考える奈良県がフレンチのメニューになって登場する。食事に来たはずが、良質の芝居を見せられているような錯覚に陥る。いや、自分も演者となって、コース料理を堪能しながら奈良を表現しているのではないだろうか。日本人なら誰の心の中にもあるはずの大和路。懐かしく、それでいてピンと張り詰めた空気。他に類を見ないフレンチレストランなのだ。

舞台を見ているかのような魚料理

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魚料理は「サワラのポワレ 大和まなと菊菜のソースベール」(写真上)。テーブルの上に置かれたときは、サワラにネギとユリ根が添えられているだけだ。そこに深い緑色のソースがかけられる。伝統色で表現すれば、萌葱色(もえぎいろ)もしくは千歳緑(ちとせみどり)に近い。奈良が念頭になかったとしても、和を強く意識させられる色だ。

その正体は伝統野菜の「大和まな」と「大和きくな」とあまり耳にしたことがない野菜である。大和まなは小松菜と同じアブラナ科の越年草で、奈良県在来の葉物野菜。大和菊菜は春菊に似ているが、くせはほとんどなく風味もおだやか。そこにアサリのだしとコンソメを加えてソースにしている。

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さらに菊の花を散らした後に、ゆずの皮をおろして上から雪のように降らす。強い香りではない。話を聞けば奈良県の古木で結実したものだという。ゆずの香りに頼るのではなく、あくまでも主役のサワラの引き立て役だ。

サワラの皮はしっかり火が通してあり、その下の血合いの部分までウマ味に変化している。ポワロネギに似ている「大和ふとねぎ」と一緒に口に運べば、柔らかい甘さが淡白なサワラに、しっかりとした味の輪郭を与える。口の中で次第にソースと混じり合い、いくつもの香りが登場しては消えて行く。やはり舞台を見ているようだ。

直球勝負の肉料理を彩る和の付け合わせ

魚料理の余韻にひたっていると、肉料理が目の前に登場した。まるで山水画のようなプレゼンテーション。中央に肉の塊があり、寄り添うように可愛らしい茶色のものが添えられている。そこから生えた草木かのごとく、小さな葉物が皿の中でリズムを刻んでいる。さらに観察すれば黄色い粒状のものが、小波のように舞台に散らばる。

ロゼ色に焼かれた肉の塊を見れば、すぐにナイフで切り分けて口に運びたくなる。だが、食欲をいたずらに刺激するのではなく、まずは目で味わえと言わんばかりの完成度だ。あらためてメニューの名前を確認する。「大和ポークのロティ 味間芋と茜八味噌のクロケット」(写真下)とある。

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流行りの真空調理だろうか。余計な力は必要なく、ナイフにおだやかな抵抗をみせてポークを小片にする。確かめるように味わう。違う。高温でしっかりと焼いたときならではの香ばしさにあふれている。スジの部分にも火が通っているので、舌触りもなめらかだ。

「190℃に温めたオーブンに出し入れして仕上げている」と音羽シェフは胸を張った。まさに直球勝負。一気に食べてしまいたくなる気持ちを抑えて、付け合わせにフォークを移動させる。

可愛らしい塊はクロケットだった。味間芋は奈良県在来のサトイモで、ねっとりしながらも口溶けが早い。独特の風味とコクがあり、それを無添加で手作りされる茜八味噌の風味が引き立てている。草木のように見えたのはセリ。根の部分も生かして、風味だけでなく、皿の上に繰り広げられる世界に奥行きを与えている。

粒状のものはタマネギと醤油を合わせてオーブンで焼き、それを細かく砕いたものだ。どの食材に合わせても、控えめなアクセントとなって溶け込む。直球勝負の肉と対照的に繊細な仕上がりの付け合わせ。フレンチの料理人というよりは、ドラマの監督のように思えてしまう。

ゴボウとチュイルの相性の良さに驚く

驚きはメインディッシュにとどまらなかった。「宇陀金ごぼうのアイスクリーム」(写真下)は、先ほどの肉料理が山水画ならば抽象画のようだ。アイスクリームの上にはキャラメルとショコラのムースがのせられ、さらに身を隠すように、カカオのチュイルと栗野粉を加えたチュイルが取り囲む。このすべてのパーツが想像以上に美味しい。このデザートとお茶だけを楽しみに来たいと思わせるほどの力を持っている。

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和菓子では甘く煮たゴボウと白味噌を丸い白餅でつつむ花びら餅があり、食材としては珍しくない。洋菓子でゴボウを使っているところは少ない。独特の風味が洋菓子ではメインとなるクリームと合わせづらいからだ。しかし、この店では見事にアイスクリームに昇華させている。

風味を完全に消すのではなく、ゴボウが入っていると気づくとつい微笑んでしまいたくなるような淡さだ。何も言われずに出されたなら、何であるかを即答できないかもしれない。

ほのかな土の香りが、チュイルの焼いた風味との相性がいい。アイスだけでは分かりづらかったゴボウ感が、チュイルと一緒に食べることで強調される。自然豊かな奈良を表現する締めに、ふさわしい一品となっている。

1階のカフェ&ショップでも奈良に触れる

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食事を終え、いつのまにか奈良の魅力に取り込まれていることに気がつく。ここで、1階の「LIVRER」(リヴレ)についても触れておこう。

こちらは奈良にあるカフェ「くるみの木」のオーナーである石村由起子氏がプロデュースした店舗で、厳選した奈良の食材や工芸品が並べられている。

併設するカフェスペースは「大和茶とほうせき」がテーマ。ほうせきとは奈良の古い言葉でおやつのことを意味しており、季節によってさまざまな奈良の和菓子がいただけるほか、吉野の葛菓子や大和茶を使用したクッキーなども楽しめる。

最終土曜日には「ときのもりマルシェ」が開かれ、奈良直送の産品が手に入る。奈良を味わうだけでなく、持ち帰ることもできるという寸法だ。

ホワイトデーの選択肢としておすすめ

 

奈良県を前面に押し出したフレンチという紹介では、この店の一部しか伝えていないことになるだろう。奈良と聞いて、寺社と鹿しか思い出さないようなものだ。実際の奈良、そしてこの「シエル エ ソル」には、想像を超えた深い世界が広がっている。

では誰と共有すればいいか。バレンタインデーのお返しとして誘ってみてはどうだろう。一過性の美味しさではなく、いつまでも心に残るような料理の数々。決して刺激的ではないが、落ち着いた空間と美しいプレゼンテーションは、本命の彼女の心に響くはずだ。しかも味わいは官能的ですらある。こういう店の選択肢は意外と少ない。ここぞというときのために、覚えておいて間違いのないレストランなのである。

撮影・取材/寺尾 豊(フリーライター、映像作家)

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