特集

ぐるなび

東京都内の“おいしい”探訪記

2017.4.5

「季節ごとの情景をお皿の上で物語ることで、食体験を通してお客様のあらゆる“感覚”を引き出していきたいです」

クラフタル 料理長 大土橋真也

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四季折々の「物語」を通して、自然が持つ普遍的な価値を見出す

2015年4月にスタートしたミシュラン公式サイト「クラブミシュラン」。2周年を迎えたことを記念し、このサイトの同級生ともいえる「2周年を迎える店」をクローズアップ。今週から3軒の注目店を紹介していく。今回ご紹介するのは中目黒駅から徒歩5分、目黒川沿いにあるフランス料理「クラフタル」。

2015年9月にオープンし、一年あまりで『ミシュランガイド 東京 2017』の一つ星に輝いた。しかも料理長の大土橋真也さんは、1984年生まれの33歳という若さ(2017年3月現在)。今回はディナーコース7,000円(税・サ別)8品のうち4品(2月~3月のメニュー)とともに、彼の料理に対するテーマや個性、そして今だからこそできる挑戦について、話を伺った。

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取材日、川沿いに面した横長の窓からは、今にも花開かんとしている桜の木々が見えた。店内はブルーグレーを基調にしたシックな内装で、装飾はほとんどない。だからこそ、窓の外に広がる四季折々の景色が、絵画か映画のようにドラマティックに目に映る。

「僕の料理のテーマのひとつが『カラーグラデーション』なので、料理が出てくると、お客様の視界にはさらに色がたくさん入ってきます。料理がお客様の目の前に表れるまではできるだけ色みを抑えたくて、この内装と色合いになりました。お皿やカトラリーもシンプルに、どなたでも手に入るようなものを使うことで、角の取れたリラックスした雰囲気でお食事していただきたいと思っています」と、大土橋シェフは言う。

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なぜカラーグラデーションにこだわるのか。そこには店名に込めた想いが関係している。

「もともと店名につけようと思ったのは『フラクタル』というフランス語でした。これは小さな一部が集まり、大きな全体を構成していて、しかも一部と全体は似通っているという現象を指す言葉です。たとえば、小枝が集まって大きな木を形成し、木々が集まって林になり、やがて森になり、緑の地球を成す……水も、空気もそうですね。このことを考えるうち、自然界では当たり前のことだと気づかされました。それで、僕はフラクタルを、料理で表現したいと考えるようになったんです。異なる食感や香り、味をバランスよくかけ合わせて、ひとつの料理を構成する。似た色合いを使ってグラデーションをほどこし、ワインやパンと料理のペアリングを楽しんでいただく。そのうちに、普遍的なものの価値を見直すことができ、本当の意味での自然回帰につながるのではないかと考えています」。

大土橋シェフは東京で「ジョージアンクラブ」「ジョエル・ロブション」を経て、パリのネオビストロ「サチュルヌ」で腕を磨いたのち、東京に戻って「レストラン アニス」のスーシェフを務めた経験を持つ。

この4つの名店のなかでも、とくに「サチュルヌ」と「レストラン アニス」では、素材本来のナチュラルなおいしさを生かす腕を磨いたことで、体に合うものを選び、自然に立ち返ることを学んできた。

「僕が感じてきたことを、自分なりに表現しようと思ったとき、季節ごとの景色を物語として提供したいと考えました。どこかで見た覚えのある、ノスタルジックな気持ちになるような風景をお皿の上に展開する。それを見て、味わったときにお客様のDNAに刻まれている“感覚”が呼び覚まされ、この世界にあるフラクタルを感じとっていただければ、食事がひとつの食体験になるんじゃないかと」。

しかし、第一候補だった「フラクタル」という店名は、すでに別の店で使われていたため使用しなかった。そこで「フラクタル」をアナグラムにし、クラフト(手技)とテール(物語)を合わせた「クラフタル」という造語を思いついたという。

ワカサギ釣りの疑似体験から感じる、春の訪れ

今回ご紹介する4品は、皿を重ねるごとに少しずつ芽吹き花開く、春に向けて物語が進んでいく構成。大土橋シェフの物語を通して、いったいどんなフラクタルな感覚が呼び覚まされるのだろうか。最初に供された前菜は、雪と氷の下で元気に泳ぐワカサギを模した一皿だ。

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「初春らしい情景のひとつであるワカサギ釣りを、お客様に疑似体験していただきたいと考案した一品です。雪が溶け、春へと向かっていく物語を描いています」。

見れば見るほど細部までこだわり抜いた、大土橋シェフの表現力に驚かされる。水底に沈む小石に見立てられているのは、ホワイトバルサミコ酢とオリーブオイルでマリネしたカリフラワーとぶどう。その上には、ワカサギのフリットがニ尾。器の縁にのっているのは薄い飴で、ワカサギ釣りの薄氷を表現している。さらに、ふわふわのカリフラワーのメレンゲが雪をあらわす。

スプーンで雪と薄氷を器の底に落とし、ワカサギとカリフラワー、ぶどうと一緒にいただくと、熱々のワカサギが雪を溶かし、クリーム状になったメレンゲが具材に絡む。冷たさと温かさ、固さと柔らかさが混ざり合い、噛むたびに発見のある料理だ。ワカサギのほろ苦さや、ぶどうの甘み、さわやかなスプラウトなど、さまざまな味を舌が感じ取り、普段よりも味覚が鋭敏になっていることに気づく。

「食材がもつテクスチャーも大切にしています。食感の違いがあるとしっかりと咀嚼するので、口のなかでさらに旨みを感じやすくなり、食べごたえも増し、より深く味わっていただける。柔らかいものと固いものを組み合わせると、それぞれの食感のギャップから互いに引き立てあえます」。

新鮮な土の香りまで漂いそうな、春の大地を表現

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「トリュフや鴨肉など、もうすぐ旬が終わってしまう冬食材で土を模し、そこから芽吹く様を表現しました。茶と黒でグラデーションを作りつつ、マスカルポーネチーズの層を加え、ティラミス風に仕上げています」。

底にあるのは、鴨肉の3つの部位(フォアグラ、砂肝、もも)を、鴨肉のソースで絡めたもの。その上に、クリーム状にした菊芋とマスカルポーネを混ぜ、バニラで風味づけしたエスプーマをのせ、小石状にしたブラックココアのサブレと、細かく刻んだトリュフが表面を覆う。さらに、麦のサブレとレッドソレル(スカンポ)で、新芽をイメージ。

こちらもまた、テクスチャーのミックスが面白い。鴨ひとつ取っても、なめらかなフォアグラ、歯ごたえのある砂肝、ジューシーなモモ肉と3つの食感があり、さらに食感の異なる2層のソースが絡み合う。

とろけるような舌ざわりのエスプーマに、さくさくとしたサブレが混ざり、ひとすくいしたときのスプーンの構成要素によって、印象が変化するのだ。また、バニラとココアのほんのり甘い香りが、濃厚な鴨肉ソースの風味を引き立て、少し酸味のあるハーブが全体を引き締めている。

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「当店では『パンペアリング』といって、お料理に合わせてパンを選んでいます。ここでは赤ワインでマリネし、少し甘さを落としたレーズンを、ブラックココア入りの生地に加えたレーズンパンを添えました。赤ワインの酸味がお料理によく合います」。

舌が「春の記憶」を連れてくる、旬のサワラと山菜の一皿

3皿目は、白から薄緑へのグラデーションが美しい魚料理。春の魚、サワラはしっとりと蒸し焼きにし、山菜を贅沢に使った付け合わせを添える。

山形の特産「雪うるい」は生、山形の浅葱「ひろっこ」は素揚げ、ふきのとうとたらの芽はフリットにし、ふきのとう入りのオイルで和えている。その上には、新芽を乾燥させて作った、ちぢみほうれん草のチップス。

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「山菜の下には、ちぢみほうれん草で作ったピューレを敷いています。サワラに添えたのは、ハマグリのだしに、ユリ根のピューレで濃度と色みをつけたソース。サワラは淡泊なので、植物性の油脂を補うと、リッチな味わいに仕上がります。さらに、塩けの強いハマグリだしを合わせることで、口のなかで抑揚が出るようにしました。また、フリットやチップスで歯ごたえを加えています」。

サワラと山菜を口に運んだら、一気に春の訪れを感じた。サワラの爽やかな旨みと山菜のほろ苦さを、舌が「春先の味だ」と覚えていたのだろうか。山菜と一緒に食べることで、さくさく、しゃきしゃきとした食感が加わり、サワラの柔らかさがいっそう引き立つ。まろやかなソースが絡み、口のなかでさまざまな旨みが生まれ、弾けていく。ペアリングのよもぎパンは米粉入りでもっちり。相反する食感を楽しませてくれた。

信頼関係を築くために、リスクを背負って出すジビエ

最後に出された肉料理は、イノシシ肉のジビエだ。ジビエには、大土橋シェフの熱い想いが込められていた。

「まだまだジビエを嫌がる方も少なくありません。もちろん、ご予約の際に苦手なものはお聞きしますし、無理に食べていただく必要はないと思います。でも、僕はできるだけコースのなかに、イノシシや鹿、鳩など、フランス料理らしいものを入れていきたいと考えています。そこには、お客様に食材に対する先入観を捨ててほしいという願いと、僕たち料理人を信じてほしいという願いがあります。レストランはある種、自己満足の世界で、料理人がおいしいと思うものだけを出す場です。だからこそ、僕たちの物語を組み立てるために、牛や豚や鶏以外を出すチャンスをいただきたい。それが、ひいてはお客様との間の信頼関係につながると思うんです。今後、リスクを負ってでもジビエを出していきたいですね」。

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皿にはシンプルなイノシシ肉のローストと、イノシシの煮込みとじゃがいものグラタンが盛られている。添えられたペーストは、ローズヒップ(野ばら)とナッツとビーツの3種で、わずかに振られたパウダーからは、ほんのりとバラの香りが漂う。飾られた花は、食用のベゴニア。肉にかかっているのは、血を使った濃厚なソースと、ビネガーを使った酸味のあるソースの2種だ。また、小麦の香りが立った全粒粉のパンがペアリングされていた。

「春に旬を迎える、牡丹の花からヒントを得た一皿です。イノシシは『ぼたん肉』と呼ばれるので、言葉遊びの点からも選びました。ただ、牡丹は味のない花なので、ここではイメージのみ。バラの香りはすっきりとした酸味があり、イノシシ独特の癖をやわらげてくれます」

力強い存在感がありながら、絵画のような美しさに息を呑む。しっかりと噛みごたえのある肉に濃厚なソースがよく絡み、メインディッシュにふさわしいボリューム感だ。だが、甘みのあるナッツ、酸味のあるビーツやビネガーのソース、そしてバラの香りが全体の味をすっきりと調えていく。まさに「フラクタル」なバランスによって、ジビエで敬遠されがちな癖が旨みに変わる。

今しか失敗できないからこそ、冒険とチャレンジを続ける

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まだ若い、2年足らずの店だからこそできる革新的なチャレンジはたくさんあると、大土橋シェフは言う。

「一つ星の称号は、この年齢ではありえないようなチャンス。だからこそ自分の個性で勝負し、新しい時代を作っていく気持ちでがんばります。今しか失敗できないとも思うので、挑戦を続けながら、世界を変えていくしかない。そして10年後には、僕たちの掲げるテーマや物語がお客様に伝わるような“オンリーワン”の店になれるよう、もっともっと整えていきたいですね」。

彼の生み出す物語に一度惹きつけられたら、何度も味わいたくなる。噛みしめるごとに、口のなかでさまざまな味、食感、香り、旨みが溶けあい、シンプルに“食べる楽しさ”を実感できるからだ。口にするものすべてが、自分という存在を作っている喜びを噛みしめる。そんな店であり続けるためにも、大土橋シェフは次なる挑戦に向かって、たゆまぬ努力を続けていくだろう。

取材・文/富永明子(編集・ライター)、撮影/岡久加苗(クラブミシュラン)

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