特集

ぐるなび

東京都内の“おいしい”探訪記

2017.4.26

「どれだけ長く握っても、発見が多いから寿司は面白い。“年寄りの寿司”なんて呼ばれないように、新しいこともどんどん試していきたいね」

鮨 一新 店主 橋本孝志

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

浅草で25年、腕を磨いてきた「無類の寿司好き」が営む名店

写真

猛々しく大きく揺れる神輿、威勢のよい法被姿の人々、むせ返るような人いきれ……東京に夏の訪れを感じさせる、浅草の三社祭が今年も近づいてきた。2017年は5月19日(金)、20日(土)、21日(日)の三日間。今の時期からすでに待ちわびる地元の人々の興奮と、祭りにかける気迫と緊張感が漂い、そこに住んでいなくとも特別な日が近いことを感じられる。

そんな折に浅草へ出かけるなら、食事は地元の名店がおすすめだ。浅草っ子に長く愛されてきた味を楽しみながら、店の方から三社祭の思い出や楽しみ方を聞く。すると、店主たちの祭り愛が伝染し、参加したい気持ちでいっぱいになる。そんな店のひとつが、一つ星の「鮨 一新」。店主の橋本孝志さんは「浅草には三社祭のために仕事しているといっても過言ではない人は多いからね。私ももちろん、参加しますよ」と笑う。

写真

「鮨 一新」は2017年の4月で、25周年を迎えた。橋本さんの料理人生は15歳で入った和食の店からスタートしている。「もともと私はお寿司が大好きでね。いずれ独立するなら、やっぱり寿司で店を出したいと思って、20歳過ぎてから改めて寿司の世界に入りました」。

橋本さんは独立して25年経った今も「寿司は面白い。日々、新しい発見があって、味つけや作り方も変えていきます」と語る、無類の寿司好き。休日もほかの店へ足を運び、そこで学んだものを受けて、慣れたレシピにも変更を加えることもあるそうだ。

「若いころの舌と、年齢重ねてからの舌って違うでしょ。若いころのメモを見ながら作り続けるんじゃなくて、今の舌に合わせて変えていくことは必要。どんどん進化していかないとね。今の若い世代は頑張っているし、発想が柔軟でレベルも高い。僕たちの世代だと怖くてやれないようなこと、たとえば『これを寿司ダネに使っちゃうの?』と思うようなものも、どんどん試していく。そういう姿を見ると興味がわくし、僕たちがあぐらをかいていたら、あっという間に抜かれて『年寄りの寿司だ』なんて言われちゃう。だからあちこち食べに行って、若い人の発想も取り入れながら、自分の味にも変化を加えています」。

写真

浅草で、カウンターしかない寿司屋と聞くと、さぞ入りにくいのでは……と想像する人もいるかもしれないが、誰もがインターネットで事前に店の情報を仕入れることのできる今、訪れるお客さまもずいぶん変わったという。

「昔の浅草は常連さんが多くて『いらっしゃいませ』なんて言ったことのない店も多かった。でも今は、いい意味で敷居が下がったと思いますよ。最近はとくに、若い方や外国からのお客さまが増えました。カウンターだけの小さな店だから、お客さん同士がすぐに仲良くなっちゃう。英語がわかる方が通訳してくれたり、全員で記念写真を撮ったりしてね」。

素敵なエピソードも多い。近所に住んでいた寿司好きの若者が、地方に越した今でも車を飛ばして食べに来てくれること。店内で知り合って結婚したふたりが、思い出の寿司屋に近い場所に住みたいと、職場から遠いのに浅草のマンションに住んでいること。年に一度、アメリカから食べに通ってくれるアメリカ人の常連さんがいること。橋本さんの寿司を通して、下町らしい温かいふれあいが生まれている。

「寿司屋は本来、黙々と仕事を見せるもの。『愛想は寿司の中に』という言葉もあるくらいで、自分から多くをしゃべることはないですが、それでも会話は楽しいですね。それ以上に、お客さまが寿司を見てキレイだなとか、おいしそうだなとか、言ってくれる言葉が嬉しい」。

橋本さんは、わが子を見るような優しい目で寿司を握り、「おいしそう!」と歓声を上げると「でしょう?」と言って破顔する。寿司愛に満ちた橋本さんと話しているうちに、料理への期待が高まってくる。

炭で炊いた酢飯は、江戸前寿司の特徴に合わせた味つけに

店内に飾られた一枚の絵に目が留まった。聞くと、東京藝術大学の学生が描いてくれたという。ひときわ目につくのが、中央に描かれた丸いグリーンの物体(下写真右)だ。

写真

「お米を炊く窯です。うちはごはんを炭で炊いてるんですよ。最新式の電子ジャーも試したけど、面倒でも炭で炊いたほうが仕上がりが違う。前に炊き比べをして、専門の人に調べてもらったら、炭炊きのほうがうまみ成分が濃いってデータが取れました」。

米は新潟県長岡市産の「こしいぶき」を使用。新米と古米をブレンドして炊くことで、ほどよい粘りや固さを出している。

「こしいぶきは寿司飯に合うお米で、小ぶりですけど、味も粘りもほどよい。寿司飯は粘りすぎるとよくないんです。炊いたごはんに、赤酢と塩を混ぜています。江戸前寿司は濃い味のネタが多いから、ネタに負けないしっかりした酸味と塩けのある酢飯がいい。だから、砂糖は使わず、赤酢と塩だけ。江戸前らしさを、できるだけ忠実に守っていきたいですね」。

寿司のみのコース10貫6,000円、15貫1万円、20貫1万5,000円(税別・以下同)もあるが、つまみと寿司10貫の「おまかせコース」1万5,000円がやはり多いそう。和食での修業経験もある橋本さんは、つまみにも力を入れている。

「前菜のあと、生のつまみや箸休めを挟み、煮もの、焼きもののあとに寿司を出します。日本酒はコースの流れに合わせていて、北海道の男山『木綿屋』(上写真左)はつまみに合う、すっきり辛口の純米酒。石川の『菊姫』(上写真左)は山廃仕込みの純米酒で、お寿司に入ってから飲みたいときにも合う、重めの味わい。男山は開店時から25年置いていて、菊姫も20年くらい。もう一本の宮城の『日高見』(上写真左)は、最近入れ始めたお酒です」。

日本酒に合わせるとまろやかな深みが出る、濃厚な酒のアテ

男山「木綿屋」に合わせ、酒肴3品をいただいた。「さんまの内臓の塩辛」、「スミイカの子の塩辛」、「ワタとホヤの塩辛のあえもの」を少しずつなめながら、日本酒を飲む。いずれも単品でいただくにはかなり濃厚だが、きりっと辛口の純米酒と合わせると味に深みが出て、まろやかになるから面白い。

写真

「濃厚なアテでお酒を楽しんでもらってから、しっかりとお寿司を召し上がっていただく流れです。さんまは、去年の新さんまを一年熟成させて作った塩辛。内臓と塩だけで漬け込んで、ほかのものは一切加えていないのに、甘みもある。スミイカの子は季節ものです。産卵前のスミイカから子を取り出して塩漬けにしています」。

まずは看板メニューでもある、神奈川県の佐島産の煮タコ(上写真左手前)。番茶とあずきで煮ているというタコに、塩とすだちを振り、さっぱりといただく。やわらかなタコに煮汁の甘みとほのかな渋み、すだちの酸味が繊細に絡み合う。

もう一品のつまみは、なまこの卵黄を干してあぶった「ばちこ」(上写右手前)。ばちこは珍味と呼ばれるが、日本酒の甘みと合わせると癖がやわらぎ、優しい味わいに変化する。しっかりとした歯ごたえがあり、噛むほどに磯の風味が感じられる。

すっきりした酸味と脂のうまみが口に広がる、江戸前のコハダ

今回はおまかせコースの握りの中から、コハダ、白魚の昆布締め、まぐろのヅケ、煮はまぐりの4貫を特筆する。コハダは江戸前寿司の代表格だが、使っているのは佐賀県で獲れたもの。その理由は大きさにある。コハダは成長に合わせて名称が変わる魚だ。シンコ→コハダ→ナカズミ→コノシロと名が変わるため、サイズにこだわらないと「コハダ寿司」とは呼べなくなってしまう。

写真

「東京だと、コノシロに近い大きさになってしまう。片身で一貫握れるギリギリくらいの大きさがベストなので、普段は佐賀のコハダを使っています。脂がほどよくのっていて、やわらかくて絶品なんですよ」。

酢で締めたコハダを口に入れると、すっきりとした酸味のなかに、しっとりとした脂のうまみが広がる。酸味と塩加減が絶妙の酢飯とピッタリで、なるほどこれが橋本さんの話していた“ネタに負けない酢飯”だと思い当たる。光物を苦手とする人でも食べられるほど、淡白でいて上品な味わいだ。

時季ものの白魚は、ほんのりと漂う優しい苦みが春らしい

続いて出されたのは、春ならではの白魚の握り。茨城の霞ケ浦で獲れた白魚を昆布締めにしている。「昆布締めにしたものを蒸していて、握る前にも蒸し直しています。微妙な火加減でやわらかく仕上げるのがポイント。火が強すぎると、かたくなってしまう。お醤油だと強すぎるので、徳島のすだちと長崎の藻塩だけで召し上がってください」。

写真

いただいてみると、口いっぱいに“春”が広がった。振りかけた塩と酢飯の酸味が、白魚の繊細な味わいを引き出している。春らしい爽やかな味わいで、後味にほんのりとした苦みがあり、これが優しいすだちの風味によく合う。

25年ものの浸け汁を使って作る、看板メニューのマグロのヅケ

渋みのある赤が美しい、マグロの握りが登場した。「今でこそ、漬けまぐろの寿司は定番メニューですけど、僕が店を始めたころは出している店は少なかった。当時は皆さん、物珍しいとおっしゃって、ヅケを食べにいらっしゃる方が多かったですね。うちでは、本マグロのヅケのほかに、かじきまぐろのヅケもお出ししています」。醤油と酒、みりん、かつお節を使った浸け汁は、なんと25年もの。浸けたあとに汁は捨てず、少しずつ注ぎ足しながら使っているそうだ。

写真

「熱湯をかけてさっと霜降りをしてから漬け汁に漬け込みます。冬場のマグロは脂があるから少し長めになるけど、春から夏の浸け時間は10時間くらい。これ以外にも25年もののタレがたくさんあるんですよ。さきほどの煮タコも、このあと召し上がっていただくはまぐり、イカやあなごもそう。25年かけて、大事に溜めてきた煮汁や浸け汁がうちの味を作っています」。

今回のマグロは、長崎県の壹岐のもの。冬場は津軽海峡を渡る前の、北海道や青森のマグロを使っているという。口に入れ、ゆっくりと噛むと、鼻からふっとかつお節の香りが抜ける。濃厚な味わいのマグロをいただいているのに、だしの香りを同時に堪能でき、実に爽やか。もちろん、やわらかいマグロから出るうまみと、酸味のある酢飯とは相性抜群だ。

はまぐりをまるごと堪能できる絶品メニュー

最後は、木更津や銚子など千葉県の内海で獲れたはまぐりを使った、煮はまぐりの握り。「すべてがまるごと、はまぐりでできています」と橋本さんは言う。

写真

「はまぐりの茹で汁を煮詰めた浸け汁に酒と醤油ゆ、みりんを加えて、茹でたはまぐりを丸一日漬け込んでいます。漬け込み終えると、少し汁が残るのね。それをさらに煮詰めて濃縮させた『はま詰め』を、最後にひと塗りしてお出ししています。茹で汁も浸け汁も含めて、はまぐり全部を使い切って、まったく無駄がない。これもさきほどのヅケと同じで、25年もののタレですね」。

はまぐりの旨みがいっぱいに詰まった、一貫をいただく。ほどよい歯ごたえがあり噛むたびにうまみを感じる。しっかりとした酢飯が、はまぐりエキスの甘みを引き出し、永遠に噛んでいたいと思うほど。

「はまぐりは、かたさが難しい。火を通すとどうしてもかたくなるけど、くたくたに煮てもダメ。ほどよいやわらかさに仕上げるには腕と技が必要」と、橋本さんは自信のある笑顔で語った。

うまい江戸前寿司を出すために、創意工夫を重ねていく

橋本さんに好きな寿司を尋ねたら、間髪入れずに「コハダとアナゴだね」と返ってきた。

写真

「やっぱり江戸前寿司の顔だからね。でも、アナゴはどんどん収穫量が減ってきていて、昔は毎日競りがあったのに、今は週2回程度。産地を選んで買うこともできなくなったから、日によっては脂がのってふっくらしたものもあれば、同じ場所で獲れていても脂が少なくてかためのものもある。だから、その日のアナゴに合わせて煮方や時間を調整して、どんなときも変わらないアナゴ寿司をお客さまに提供できるよう努めています」。

大好きな寿司のためなら労をいとわない、それが橋本さんのポリシーだ。そのおかげで私たちは、収穫量が減ったにもかかわらず、常においしいアナゴ寿司をいただくことができる。なお、時期にもよるが、コハダ、マグロのヅケ、カジキマグロのヅケ、トロ、車海老、煮はまぐり、アナゴは定番メニューとして置いているそう。

祭りの興奮を体感したあと、橋本さんの寿司や祭りに対する想いを聞きながら食事ができたら……それは至福の時間になるだろう。うまい江戸前寿司のために愛と情熱を傾ける、そんな名店へぜひ足を運んでほしい。


【先着1組2名様】5月20日(土)のお席をご案内します

今回、クラブミシュラン読者のために、三社祭開催中の2017年5月20日(土)19時~の席を、1組2名様にご用意いたしました。三社祭を楽しんだあと、一つ星の寿司をつまみながら店主や浅草っ子たちと祭りの興奮を語り合うもよし、祭りのエピソードを聞くもよし。きっと特別な食体験になるはずです。

⇒ご予約方法はクラブミシュランのメールマガジンにてご案内いたします。ぜひチェックしてください。

取材・文/富永明子(編集・ライター)、撮影/岡久加苗(ぐるなび)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

取材した施設

あわせて読みたい関連記事

    もっと見る

    特集まとめ