特集

ぐるなび

浅草・三社祭に祭と食を楽しむ

2017.5.10

「浅草は新しいものを取り入れてきた街です。でも、そんななかでも変わらない味や文化、精神を、大切に受け継いでいきたい」

浅草おでん 大多福 五代目 船大工 栄

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

三社祭を通して、浅草の精神や文化が受け継がれてきた

法被姿で、興奮した面持ちで神輿をかつぐ人の群れ。普段、取り澄ました東京人の姿はどこへやら。三社祭になると、きっぷのいい下町の江戸っ子たちが浅草のあちこちに顔を出す。祭りは3日間(2017年は5月19日(金)、20日(土)、21日(日))続くが、とくに最終日の日曜は神社の神輿3基をかつぐため、その熱気は最高潮に高まる。

写真

「三社祭はもともと、神様はにぎやかなほうが好きだという前提で、威勢よくお神輿をかついで、神様の魂を喜ばせるのが目的。だから、騒動に発展することもある」と笑うのは、2015年に創業100周年を迎えた老舗のおでん屋「大多福」五代目の船大工栄(ふなだいくさかえ)さん。浅草生まれ、浅草育ちの五代目は「お囃子が鳴るだけでお神輿の興奮を思い出して、腰のあたりがそわそわしてくる」というほど、祭りが体に染みついている。

「浅草は新しいものをどんどん取り入れて、生き残ってきた街です。でも時代は流れ、街の景色は変わっても、お神輿に肩を入れているときの興奮は変わらない。浅草には、今でも『町会』が根付いていますので、祭りを通して結束を強め、浅草の精神を代々受け継いでいきます。そうやって、若い世代にも文化や伝統を伝えているんですよ」。

同じ地に長く店を構える「大多福」だからこそ、三社祭の前後、店内は常連も観光客も一緒になって、お祭りの話で持ち切りに。カウンターのなかにいる五代目は、三社祭の歴史から、神輿をかつぐときの楽しさ、町会同士の張り合いの笑い話まで、雄弁に聞かせてくれる。

先代からの常連客によって鍛え上げられた、五代目店主の腕

「大多福」は1915年(大正4年)、現在の地にて創業。関東大震災、そして第二次世界大戦による爆撃によって2度の建て替えを余儀なくされたが、地元の人々に支えられて、現在は四代目の安行さんと五代目の栄さんの二人で切り盛りしている。

写真
緑が生い茂り、雰囲気抜群の外観。入り口はこぢんまりとしているように見えるが、店内は驚くほど奥行きがあって広い

「初めて店に出たのは12歳のとき。うちの店には四代目(船大工安行氏)が“化け物”、私が“妖怪”なんて呼んでいた、古くからの常連さんがたくさんいらしたんですけど、15歳になったら『これからは大人の扱いだよ』と言って途端に厳しくなりました。所作から言葉遣い、箸の動かし方に至るまで、きっちりしつけられました。もちろん、愛情あっての厳しさなんですけど、あまりに大変で、頭に来たことも多かったですね」。

続きをご覧いただくにはログイン(会員登録/有料)が必要です。

クラブミシュランのサービス詳細はこちら

あわせて読みたい関連記事

    もっと見る

    特集まとめ