特集

ぐるなび

東京都内の“おいしい”探訪記

2017.6.7

「フランス料理を超えたいとも超えようとも思わない。本物のフランス料理に迫るオリジナリティを追求していたらこういう表現になった。なぜかって?Parce que je suis japonais.(それは私が日本人だからです)」

ナベノ- イズム エグゼクティブシェフ CEO 渡辺雄一郎

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東京都台東区駒形。ここにそばがきを出すフレンチレストランがある

午前9時半、シェフ渡辺雄一郎は店に到着するとガラス張りのキッチンへと入り、一礼する。そしてキッチンを一周しながらスタッフひとりひとりと握手を交わし挨拶をする。 次に丁寧に手を洗い、神棚に拝礼。今日一日の無事を祈念したところでランチ用のそばがきを炊き始める。これが渡辺シェフの毎朝のルーティーンだ。

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一見するとなんでもない光景のようにも思える。ただ、これが料亭ではなく、フレンチレストランでの光景だとするとどうだろう。シェフ自らそばがきを炊くフレンチレストランを、容易にイメージできる人が果たしているだろうか。しかもそれが恵比寿「シャトーレストラン ジョエル・ロブション」のエグゼクティブシェフを11年勤め上げたシェフのレストランでのことだとしたら、さらにイメージは難解になるのではないだろうか。

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東京都台東区駒形。昔ながらの下町風情が残る住宅街の中にそのレストランはある。名は「Nabeno-Ism(ナベノ-イズム)」。『ミシュランガイド東京 2017』で一つ星に輝いたフレンチレストランだ。シェフの渡辺雄一郎氏は、大阪あべの辻調理師専門学校を卒業後、同校フランス校へ進学。

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卒業後はフランス サヴォワ地方の高級リゾート地、クールシュヴァルの「ル・シャビシュー」(二つ星)や東京「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トーキョー」、リヨンの「ラ・テラス(シェ・アントナン)」(一つ星)にて研修。また、1994年にはシャトーレストラン「タイユヴァン・ロブション」のオープンに携わり、スー・シェフとしても活躍した。

1997年、シャトーレストラン1階の「カフェ・フランセ」を経て2004年恵比寿「ジョエル・ロブション」総料理長に就任。そして2016年7月、満を持してレストラン「Nabeno-Ism(ナベノ-イズム)」を開店した。オレンジ、白、黒のテーマカラーが随所に配された外観。陶磁器で作られた小さなフランス国旗が、 ここはフレンチレストランなのだと奥ゆかしく示唆している。

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シェフが履いているテーマカラーの3色を用いた「ニューバランス」のスニーカー。オレンジは料理の「炎」や「太陽」を、白は“いいものは何でも取り入れると”いう「柔軟性」を、黒は“何にも染まらない”というシェフの「強い意志」を表しているのだという

ナベノイズムへのヴォヤージュの始まり

入り口を入ると1階はガラス張りのキッチンで調理中のシェフが客を出迎える。「ナベノ-イズム」へのヴォヤージュ(旅)の始まりだ。2階と3階が客席になっており、フランス時代の学び舎シャトー・ド・レクレールをイメージしたという螺旋階段を上がり席へとむかう。

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天気がよければ隅田川とスカイツリーを間近に臨む2階のテラスで川風を受けながら食事を楽しむのもいいだろう。だが、静かに雰囲気を味わいたいなら3階のカウンター席へ。日中なら自然光がたっぷりと注ぎこんで心地がいいし、夜ならば、ライトアップされたスカイツリーと行き交う屋形船や観光船の光の流れがムードを高めてくれる。

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天気のいい日は屋上で隅田川を眺めながらアペリティフが楽しめる

テーブルにつくと、圧倒的な存在感を放つショープレートが客を出迎える。レストランの名前が刻まれたタモ板に、伊賀焼と京焼の融合で作られたロゴがつけられたオリジナルプレートだ。ロゴはシェフの家紋である「渡辺星」をモチーフにした。渡辺シェフが永遠の憧れとして追い続ける星が偶然にも(あるいは必然かもしれないが)家紋のモチーフだったのだ。焼き物はシェフの同郷の幼馴染である陶芸作家・伊東晃氏によるもので、 シーリングスタンプ(手紙をとめるため蠟で封をする方法)をかたどっており、客が渡辺シェフからの手紙を開けると料理がスタートするという小粋な意味が込められている。

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店内にも伊東氏の作品が飾られており、「ナベノ-イズム」の世界観を表現したモダンな風格を漂わせている。それぞれ別の道を歩んだ竹馬の友が、長年あたためたコラボレーションの夢をこの店で実現した

浅草とフランスをつなぐシェフのクリエイティビティ

一皿目のアミューズが運ばれてくる。 季節のガスパチョが盛り付けられたお皿の淵に3つの小皿が据えられている。「渡辺星」をイメージしたプレゼンテーションだ。小皿には、「グリーンオリーブのマリネモロッコ風ジェラールアントナン氏との想い出」、「駒形 種亀最中のカナッペ」、「大心堂雷おこしとフランスの出会い」と、国境を越えた思いもかけないラインナップが並んでいる。

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まずはシャルトリューズが香るブルーベリーとグリオットチェリーのガスパチョをいただく。グラスを傾けるとエストラゴンの香りが春から初夏の新緑を思い起こさせ、ひとくち口に含むとそこにライムの爽快感が追いかけてくる。濃厚なブルーベリーとグリオットチェリーの深い味わいを爽やかに楽しめるガスパチョだ。

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そして、浅草老舗とのコラボレーションスナック。創業明治30年、雷おこし専門店「大心堂」の特選おこし「古代」には、師であるロブション氏の故郷シャラントポワトゥーのバター「A.O.P」がのせられている。まさかと思った組み合わせだが、まったく違和感がない。それどころか、おこしの上品な甘みとアンチョビの塩味がすばらしく溶け合って 、その美味しさと発想の面白さについ顔がほころんでしまう。

カナッペには駒形で160年続く最中の「皮」専門店「種亀」の最中種が使用されている。さくっとした最中種になめらかなクリームチーズ、そしてトッピングのアーモンドや丹波の黒豆と様々な食感がミックスされた、ひとくちごとに味わいが変化する楽しいカナッペだ。トッピングでのせられた塩昆布は、渡辺シェフが師と仰ぐロブション氏が初めて来日した際に訪れた京都の料亭「雲月」の小松こんぶを使用しているという。

そしてオリーヴはフランスでお世話になった恩師、ジェラール・アントナン氏が好きなモロッコをイメージし、コリアンダーやミントでエキゾチックな味わいに仕上げた。小さなアミューズ、ひとつひとつに込められたストーリーの奥深さには脱帽する。

ジョエル・ロブションのジュレ・ド・キャビアに憧れて。シェフ渡辺のシグネチャーディッシュ「そばがき」を堪能

アミューズ二皿目は、両国の「江戸蕎麦 ほそ川」の蕎麦粉をソースエミュリュッショネ(乳化)の技法で炊きあげたそばがき。ジョエル・ロブション氏のスペシャリテ、「ジュレ・ド・キャビア クレム・ド・シューフルール」へのオマージュであり、"ナベノ-イズム”が凝縮された、渡辺シェフのシグネチャーディッシュだ。

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そば打ちの民間資格である「江戸 ソバリエ」を取得している渡辺シェフ。上述のように、毎日朝と午後にその日のランチとディナー用にそれぞれ「ほそ川」の朝挽き蕎麦粉をエグゼクティブシェフ自らが炊いている。そばがきはその新鮮さが命なのだという。独特のもちっとしたなめらかな食感は、毎日の丁寧な仕込みによってうみだされているのだ。

丹念に仕立てられたそばがきを覆うのは、明治4年創業「奥井海生堂」の二年蔵囲(にねんくらがこい)の名が冠された利尻昆布のジュレ。それだけだと料亭で出されるお凌ぎの一品のようにも思えるが、その純和風なアミューズを、アキテーヌキャビア、ウォッカクリーム、おろしたてワサビとのコンビネゾンでいただく。

そばの香り、昆布のうまみ、キャビアの恍惚たる味わいが複雑に、そして豊かに調和して、口の中からなくなるとすぐに次のひとくちが欲しくなるほど夢中で食べ進めてしまう。もはや日本料理やフランス料理といったジャンルは超越してしまっている。

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そばがきとのペアリングはワインではなく日本酒を提案している。銘柄はその時々で変わるが、必ず純米の大吟醸だという。取材時は佐賀の銘酒、五町田酒造の東一(あずまいち)。そして、肉料理と合わせるのならNuits-Saint-Georges(ニュイ・サン・ジョルジュ)がおすすめ。「ブルゴーニュの神様」と呼ばれたアンリ・ジャイエ氏の後継者、エマニュエル・ルジェ氏によって生産されたもの。力強く、エレガントな味わいで、濃厚なソースとのマリアージュを楽しめる。56,000円(ボトル)

ヴォヤージュはいよいよフランスへ。フランス・プロヴァンス地方の伝統料理「ドーヴ」を洗練させたメインディッシュ

メインで選んだのは、フランス・プロヴァンス地方の伝統煮込み料理「ドーブ」を「ナベノ-イズム」のフィルターを通して現代的に再構築した肉料理。赤ワインと オレンジで柔らかくブレゼ(蒸し煮)された和牛ほほ肉は、ナイフを入れるとほろりとほぐれ、濃厚なソースをしっかりとからめてひとくち頬張ると至福のひとときが訪れる。

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野菜がたっぷりと溶け込んだ味わい深いソースと力強い肉の味。メインではその舞台は一気にフランスとなる。ただ、つけあわせの「北海道産インカの目覚めのエクラゼ」には、大正3年創業の老舗煎餅店「入山せんべい」のせんべいクランブルが潜んでいて、荒めにつぶされたホクホクとしたじゃがいもの中にカリカリとした食感が混ざって面白い。渡辺シェフの遊び心をあなどってはいけない。コース料理の最後まで、楽しいサプライズが至るところに潜んでいるのだ。

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そしてデザートのクレームダンジュで、再びフランスの洗練された華やかな味わいに浸ることになる。デザートも季節ごとに旬を意識したメニューに変わる。春のメニューではレモンクリームとレモングラスのアイスがすがすがしい気分を運んでくれた。さまざまな驚きと楽しさに満ちたコースを締めくくるのは、日本堤「カフェ・バッハ」のコーヒーと駒形をイメージした小菓子。そうして私たちはふたたび駒形の地に舞い戻る。

「おいしいのは当たり前。それ以上の楽しさやわざわざ訪れたくなる価値を提供したい。」

メニューがランチ10,000円(税込・サービス料別 以下同)、ディナー 20,000円のコースそれぞれ一種類のみなのは、全ての料理を最高の状態で提供したいから。食材ひとつひとつに愛情を持ち、そしてなによりゲストを「comme famille(家族のように)、comme petite amie(恋人のように)」大切に想い、楽しんで満足して帰ってもらえるようなおもてなしを大切にしているのだ。

旅の終わり、いたずらに微笑む渡辺シェフのこんな声が聞こえてきそうだ。「Comment s'est passé votre voyage?(旅はいかがでしたか?)」


【ウェイティングサービス】2組限定!7月21日(金)22日(土)のお席をご案内します

クラブミシュランでは即予約可能な席情報をメールで受け取る「ウェイティングサービス」が受けられます。今回ご紹介した「ナベノ-イズム」の空席情報を受け取る設定をしていただくと、 会員様のために特別にリザーブした7月21日(金)19:00~、7月22日(土)12:00~の2組計4名様のご予約可能なお席情報を【2017年6月21日(水)】にメールにてご案内いたします。

⇒詳細はこちらをクリックしてください。


【参考リンク】渡辺雄一郎シェフが教えるレシピを公開!「シェフごはん」

取材・文/山根由実、撮影/岡久加苗(ぐるなび)

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