特集

ぐるなび

東京都内の“おいしい”探訪記

2017.9.27

「何でも質問していただいて、かぶりつきの席を楽しんでもらえたならうれしいです」

おにく 花柳 料理長 片柳 遥

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接待に向く店はデートにも使える。どちらも店選びを間違えたら、相手との距離を縮めるどころか遠ざけてしまうだろう。特に気をつけたいのが、客席間の距離だ。こちらの会話が筒抜けになる近くの席に、だれが座るか分からなかったら、落ち着いて商談もできなければ、口説くのもためらわれる。

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今回おすすめしたいのは人形町にある肉割烹の「おにく 花柳」。まるで日本料理店のような佇まいで、和牛をさまざまな調理法で味わうことができる。接待にもデートにもおすすめだ。密閉された個室こそないが、素通しの戸で仕切られた席が用意され、隣席を気にすることなく落ち着いて会話ができる。

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さらに魅力的なのが、店主が包丁を振るうさまを目の当たりにする4席限定のカウンター。ここを接待に利用するという手がある。同じ方向を向いて座り、ときには店主との会話を楽しみながら過ごす時間は、個室以上に大きな成果をもたらしてくれるかもしれない。

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店主の笑顔にほっとする

白木のカウンターはゆったり座れるように4席しか用意がない。調理場との仕切りには暖簾がかかり、右側は茶室を思わせる丸窓、左側は土壁になっている。少し後ろ側を見上げると、そこには神棚がある。カウンター内側の左には炭火が見える。おしぼりを使いながら、これから始まるコースメニューに思いをはせ、少し鼓動が高鳴る。

そのとき、坊主頭の店主が暖簾の奥から登場する。ネクタイをきちんと締め、清潔な白衣に身を包んでいる。京都の料亭かと思わせる状況に緊張が高まるが、店主の人なつっこい笑顔にほっとする。まだ何も味わっていないのに、この店にして良かったと思う瞬間だ。

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カウンター席が劇場となる

手元にある「本日のお献立」に目を落とす。先附は「和牛リブ芯湯引き 鼈甲(べっこう)餡 湯葉 アボカド 花穂紫蘇 振り柚子」とある。すっと流れるような所作で目の前に差し出された器には、ピンク色をした肉が餡の上に浮かび、赤紫色をした紫蘇の花が散りばめられていた。隣の席の同伴者と思わず顔を見合わせる。すべて肉料理と聞いていたが、絵画のように美しいメニューが最初から出てくるとは想像していなかったからだ。

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期待を胸に、まずは一口味わう。とろけるというよりは、ねっとりとした食感の肉。冷製の一品だが、冷たすぎず、もちろんぬるくもない。これしかないというピンポイントの温度だ。薄味ながら、味の輪郭はしっかりしている。青柚子の香りを楽しみながら肉を噛み締めると、うま味が口の中いっぱいにあふれだす。笑顔になった同伴者と、もう一度顔を見合わせる瞬間だ。

「リブ芯を68から69℃の出汁で湯引きしました」と店主の片柳 遥氏が説明する。すでにカウンター席は劇場のようだ。客席は一体になって、これから始まる食のストーリーに集中している。

食通たちを唸らせた「うに×和牛」のスペシャリテ

続いて登場するのは御造り。「和牛クラシタの軽い炙り 北海道産生雲丹巻き 天山葵」と献立にある。クラシタとは肩ロースの別名で、サシが適度に入り、やわらかいだけでなく上品な味わいがある。ていねいに短冊状に切った後、ステンレスのバットに並べバーナーで炙っていく。カウンター席の客は身を乗り出すようにして、店主の一挙手一投足を見逃すまいと必死だ。

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冷蔵庫からうやうやしく取り出したのは北海道産のウニ。木箱の上に、形のそろった鮮やかなオレンジ色のかたまりが並んでいる。店主は炙った肉を手にすると、ウニをのせてくるっと巻く。動きによどみはない。和牛とウニの組み合わせは珍しくはない。だが、片柳氏はかなり前からウニを使っていたと振り返る。

「ユッケの注文を受けて初めて、卵を切らしていたことに気づいたことがあったんです。そこで代わりにウニを使ってみたら評判が良好でした。最初はワンスプーンで出していたのですが、試行錯誤があっていまのスタイルに落ち着きました」。

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一口で頬張る。最初にウニの甘さが口の中を支配して、少し遅れて肉がうま味を増していく。つなぎとなっているタレは、九州産の少し甘めの醤油に、和三盆と日本酒を足したもの。濃厚なもの同士の組み合わせを、ワサビがさっぱりさせる。

肉と松茸が歩調を合わせて喉の奥に消える

コースは「御凌ぎ」「椀物代り」と続く。料理が登場するのを待つ間は目の前の調理風景に夢中になり、完食した後は味の感想を言い合い、とても雰囲気が良くなっている。カウンター席がここまでまとまるのは、4席限定だからだろう。

「強肴」として「早松茸の和牛ランプ巻き 炭火照焼き 酢取り茗荷 焼き胡麻豆腐 玉蜀黍すり流し」が次の品だ。炭火の上で松茸を焼く姿を眺めながら、カウンターが特等席であると納得するのはこのときだ。松茸の香りが、すこしずつ寄せてくる。視覚、聴覚、触覚、味覚だけでなく嗅覚においても格別である。

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肉を巻いた松茸は、タレをつけてもう一度焼く。タレの焦げる匂いが嫌いな日本人がいるだろうか。客席の視線は炭火の上に集中している。このとき後ろのテーブル席の声が少し漏れ聞こえる。どうやら次の予約はカウンターにして欲しいと頼んでいるようだ。

付け合わせのすり流しと胡麻豆腐を味わったあとは、主役の松茸の肉巻きに箸を伸ばす。思い切って噛み締めると、じゅっと音がしたと錯覚するほどに、松茸の香りがあふれだす。口の中で最初に肉がほどけ、続いて松茸が形を失いながら、一体化する。すき焼きを思い出させる味わい。不思議なことに肉と松茸は同じペースで喉の奥へと消えていく。

感動を共有する店選び

お芝居同様に、ここでコースの最後まで再現することはネタバレになるので止めておこう。最後の「水菓子」を含めて、この後にまだ6品が用意されている。確かなのは、肉割烹というあまり馴染みのないジャンルの料理を、カウンターで堪能することでよりお互いの距離が縮まったことだ。接待やデートをもう1ランク上の成功に導くには、感動の共有が効果的である。「おにく 花柳」のカウンター席ならば実現可能だ。

店の人に見送られて外へ出る。夜の冷気が火照った頬に気持ちいい。「実はここの店主、あまりにもいいウニを仕入れるので、築地では寿司屋さんと間違われているらしいですよ」。

最後にとっておきのエピソードを披露して、お開きとなる。お腹だけでなく、接待先もしくはデート相手の心も満たされる。余韻を味わいながら、店選びが確かだったと一息つく瞬間になるに違いない。

撮影・取材/寺尾 豊(フリーライター、映像作家)

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取材した施設

  • レストラン牛肉料理 花柳

    東京都中央区日本橋小舟町 11-11

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