特集

ぐるなび

東京都内の“おいしい”探訪記

2017.11.8

「本物の食材を使って、その素材の味をシンプルに味わっていただく。よりおいしいものをと求めていたらそこにたどり着いたのです。」

桃の木 オーナーシェフ 小林武志

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東京都港区三田。ここに、『ミシュランガイド東京 2017』で中国料理において唯一、二つ星に輝く店がある。2005年10月にオープンした「御田町 桃の木」だ。店名の由来は「桃李成蹊」。桃や李(すもも)はものを言わないが、その花の美しさや果実の香りに人が集まり、おのずとそこへ到る道ができるという意味の言葉である。オーナーシェフの小林武志氏は、この店名に、おいしい料理にたくさんの人々が集まってきて欲しいという願いを込めた。

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小林氏は、辻調理専門学校を卒業後、同校で講師を8年間勤めた後、吉祥寺「竹爐山房」の山本 豊シェフの元で修業を積んだ。その経験が、後の小林氏の料理スタイルに大きな影響を及ぼすことになる。中国料理の中でも北京、広東、四川、上海といった地域性にとらわれることなく、日本中のおいしい食材が集まってくるこの東京で、素材をいかした“日本人のための中国料理”を構築する礎を築いたのだ。

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海鮮などは冷凍食材が用いられることも多い中国料理だが、「桃の木」では鮮度や味にとことんこだわり、素材選びに一切の妥協もない。例えば蒸し魚にする天然のクエは、大正8年創業、長崎で一番大きな仲買業者「株式会社ヤマス」の吉原氏から朝活け締めにしたものを空輸し、その日の夜には店で提供する。そして、小林氏自らも築地に足を運び素材を厳選するのは、店の開店当時から12年経った今でも変わらない。

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インスピレーションは国境を超えて。多彩な前菜で幕を開けるコースメニュー

中国料理といえばその豪快さもひとつの特徴として挙げられるだろうが、ここ「桃の木」では、前菜が運ばれてきてまず驚くのが、その繊細な盛りつけと色彩の豊かさだ。

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料理はフカヒレコース(22,000円~(税・サ別・以下同))の中から

「揚げピータンの甘酢ソース 桃の木風」は、鮮やかな山吹色の器にピータン、そしてソースとして添えられた赤、白、緑の丁寧に刻まれた野菜と香草が美しいグラデーションを描いている。そしてひと口頬張ると、その爽やかな香りにまた驚く。使われている香草はなんとディルやチャービル。西洋ハーブなのだ。こってりとした味わいの揚げピータンに鮮烈なソースがよく調和して、とても上品な味わいだ。

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「梨とアボカドのニンニク醤油ドレッシング」は、アボカドの濃厚なねっとり感と梨のシャキッとしたジューシーさのコントラストがおもしろい。それぞれ個性的な素材をニンニク醤油の風味がしっかりと結びつけている。シンプルな料理であるが、味や食感の組み合わせとドレッシングのバランスが実に玄妙で、素材の持ち味を生かすために緻密に計算されていることが伺い知れる。

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そして、奈良の高級地鶏である大和かしわを使った「上海風よだれ鶏」。地鶏そのもののうまみの濃さも然ることながら、渋皮のついたローストピーナツの繊細な渋みのアクセント、たっぷりと添えられた香菜、そして自家製ラー油と醤油のタレが混然となって複層的な味わいをもたらしている。それぞれの味わいが口の中で混ざり合い、噛むほどうまみを感じるのだ。「口の中でソースが完成されていく」感覚をぜひじっくりと味わっていただきたい。

前菜を楽しみながらふと気づくのは、その器の美しさだ。「桃の木」では、250年前の南京赤絵や400年前の中国の兜鉢、永楽などの骨董品を、惜しげもなく料理に使用している。「本物の器を使うと料理が栄え、よりいっそう料理がおいしく感じられるのです」ここにも小林氏の想いが強く表れている。

おいしさの追求と素材への愛情。丁寧な仕込みで フカヒレの真価を引き出す

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「フカヒレと言えば姿煮を連想される方も多いと思いますが、うちではより柔らかく、おいしく召し上がっていただくために何日もかけ下茹でを繰り返し、形が崩れるまでじっくり煮込みます」そう語る小林氏の言葉には、お客へのもてなしの心と共に、素材の本質的な価値を引き出そうとする、素材に対する敬意をも感じられる。ゆっくり時間をかけて煮込まれたフカヒレは、その太い繊維一本一本に弾力がある。ソースと濃厚に絡み、口の中でとろけるようにコクが広がるのに後味が軽やかである。まさに“日本人の口に合う、洗練された優しい中国料理”を象徴している。伝統的な中国料理の技法をベースにしつつも、日々追求するうちに、余分な調味料や油分などを削ぎ落としていったのだという。そうした引き算の調理法が、「桃の木」すべての料理に共通している“洗練された味わい”を生み出す要因なのだろう。

人々を「桃の木」へと誘うスペシャリテ。繊細な味わいをワインとのマリアージュで

「桃の木」のスペシャリテを全て挙げると、それだけでフルコースになるほど、小林氏のオリジナリティに富んだメニューが多い。その料理に魅せられ、それを目当てに人々は「桃の木」へ訪れるのだ。そんな数あるスペシャリテの中でも人気は「桃の木風パパイヤの蒸しスープ」と「鎮江黒酢の酢豚」だ。

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香港のシェフに教わったパパイヤスープを、日本人の好みに合わせてアレンジしたというパパイヤの蒸しスープ。パパイヤの果実を器として丸ごと蒸されている。テーブルに運ばれてきてからもまだスープが煮立っており、その臨場感に思わず歓声が上がる。スープは金華ハムの風味が効いた上品な上湯(シャンタン)。その熱々のところをパパイヤの果肉を崩しながら一緒にいただくと、パパイヤのかすかな甘みや南国フルーツ特有の深い香り、そしてスープの塩味が織り成す奥行きのある味わいを楽しめる。上湯には厳選された素材を使い、その素材自体がもつ豊かなうまみを最大限に生かしたこのスープは、優しく、自然な味わいで、五臓六腑に沁みわたっていく。

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メインのお肉料理は「鎮江黒酢の酢豚」。見た目のインパクトも然ることながら 、一度食べるとその魅力に取憑かれること必至である

「私自身とてもワインが好きなので、ワインに合うメイン料理を作りたかったのです。試行錯誤の末、ワインとのマリアージュを楽しみながらナイフとフォークで召し上がっていただける酢豚が完成しました」。気品さえ感じられるこの一品は、酢豚の既成概念を一変させる。埼玉や茨城のもち豚を使用し、中国の鎮江黒酢で作った特製の黒酢ダレがたっぷりとかけられている。その黒く艶やかなソースの上にあしらわれたざくろの実がルビーのように輝く。これほどに美しい酢豚を見たことがあるだろうか。感動とともにひと口頬張ってみると、まろやかな酸味ともち豚のジューシーできめ細やかなうまみのハーモニーにまた驚嘆する。寝かせることで丸みをもたせた黒酢ダレによって、マイルドな味わいが生みだされるのだ。そこへ不意にプチッとはじけたザクロのフレッシュな酸味が口の中に広がり、全体の味を引き締める。これは小林氏がおすすめするように、ワインと共にじっくりと味わいたい。

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店内に飾られているブルゴーニュワイン生産者のサインからもわかるように、小林氏は世界中のワイン界で活躍する人たちとの交流も多く、ワインに対し並々ならぬ情熱を持っている。ワインリストには、シャンパーニュ、白、赤それぞれフランスのものを中心にそれぞれ約10種類を揃え、それ以外にも、ワイン専用の倉庫にはなんと約3,000本ものワインのコレクションがあるというのだ。さらにワイングラスは、熟練の職人によってハンドメイドで造られる、オーストリアの「ザルト」のグラスを使用している。その独特な形状はワインの味と香りを最高に引き立てるのだという。全てにおいて小林氏の美意識は、おいしさの追求へとつながっている。

本物の食には人を心から感動させる力がある。「桃の木」で食事をすると、そう実感する。それは、素材、調理法、料理人の心、プレゼンテーション、すべてに最善を尽くしてもてなされた時、きっと誰しもが感じうることだろう。“本物の食材を使って本物の味を提供する” その単純明快かつ揺るぎない信念が、多くの人の心を惹き付けてはなさない。

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店に訪れた際、店内の「桃の木」と書かれた書と立派な壷をぜひご覧いただきたい。書は、北京市にある中国最大の美術館「中国美術館」で展覧会を行ったことがある書道家 柳田泰山氏によって書かれたもの。壷は陶芸家の二代 川瀬竹春氏が台湾の「国立故宮博物館」にある国宝の壷を特別に現地で拝観し、復元したものだという。中国で認められた二人の偉大な日本の芸術家の作品を飾ることは、「料理で中国人が作る中国料理を超えていきたい」という小林氏の無言の意思表示なのだ。

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取材・文/山根由実、撮影/岡久加苗(ぐるなび)

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