特集

ぐるなび

わざわざ出かけたい国内グルメ旅

2018.6.28

今回の旅の目的地は広島県。2018年4月の『ミシュランガイド広島・愛媛 2018 特別版』の発刊を記念して、広島県・愛媛県のグルメと魅力を【前編】と【後編】2回に分けてお届けします。

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豊かな緑が生い茂る無数の島々、穏やかでその独特なブルーが迎えてくれる初夏の瀬戸内海。今回の旅は、今年4月に発刊した『ミシュランガイド広島・愛媛 2018 特別版』を手に、新たに掲載された旅館「旅籠 桜(はたご さくら)」を訪ねて宮浜温泉へと向かった。広島市街から約30km西、瀬戸内海沿いに位置する宮浜温泉。国宝であり世界文化遺産にも登録される宮島「厳島神社」を海の向こうに望む、広島の奥座敷である。その宮浜温泉に、2015年7月「旅籠 桜」はオープン。そして今回『ミシュランガイド広島・愛媛 2018 特別版』では、初登場にして料理の評価を二つ星、施設評価も「非常に快適」として掲載されたのだ。

『ミシュランガイド』には、レストランだけでなくホテル・旅館も掲載されているが、素晴らしい料理を提供している場合には、レストラン同様に星が付与される。現在二つ星として掲載されている国内の旅館は4件、三つ星はまだ掲載されていない。(取材時2018年6月時点)

瀬戸内海を見下ろす爽快な眺め

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最寄りの山陽本線大野浦駅からは車で約5分、厳島神社の観光後、宮島からタクシーなどでも15分程。空港は、岩国錦帯橋空港(山口県)を利用しても便利な場所だ。到着して、数奇屋造りの母屋の扉を開けると、ガラス越しに遠く牡蠣いかだが浮かぶ瀬戸内海が広がり、宮島が小高く頭をのぞかせている。

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入り口には、俳画家であるお母様 池田由起氏の屏風が飾られている。

その美しい借景につい見とれていると、料理長でありご主人の池田 伸行氏と奥様の仁美さんが迎えてくれた。「旅籠 桜」は、池田氏ご夫婦とそのご両親の家族4人で営なむ旅館だ。

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食事処からも瀬戸内海を見渡せる。ご夫婦に温かくもてなされると旅の疲れがすっと軽くなる。

傾斜を生かした日本庭園を囲むように、3部屋の食事処を有する母屋、客室の離れが4室並ぶ。四季折々の草花を配した美しい庭は、春は桜、ミツバツツジやアセビなどが咲き、秋には宮島のもみじ谷を一角に表現したという。飛び石の打ち方など、池田氏自らが庭造りを独自に習得し、京都や奈良などから川石や灯篭を集めたという想いの込められた場所だ。

それぞれに趣が異なる食事処からは、その手入れの行き届いた庭越しに宮島と瀬戸内海を見渡せる造りになっている。

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離れは直線を生かしたモダンなデザイン。外壁に焼き杉、カキ殻を混ぜた漆喰を使うなど瀬戸内の自然素材にこだわり、塩害など海沿いの土地柄にも考慮したという。

客室は、和室にアンティークの絨毯やソファーなど、和洋を織り交ぜた設えで、全室に客室露天風呂が付いている。

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2名用の客室「鳥」。高反発マットレスに真綿の布団が寝心地が良い。

「自然の中で海風を感じたり鳥の声を聴いたり、ここで過ごす時間をゆっくりと楽しんでいただきたいんです。お風呂は天然ラドンの自家源泉なので、好きな時間に何度でも入っていただけます」。大きな窓を開け放つと、部屋と露天風呂が一体となり、心地のよい海風が部屋中を吹き抜け開放感に満たされる。

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温泉はラドンの含有量が高いため、短時間の入浴でも疲れが取れて芯から温まる。

室内着には、浴衣と質のよいコットンのパジャマの両方が用意されていて、浴衣のまま夕食も可能だという。とはいえ、通常二つ星の料亭などであったら、浴衣と草履のような軽装で出向くわけには行かないはずだ。そんな不安を隠せないでいると、「お食事の時間も寛いでいただけるように、すべて個室のご案内です。気兼ねなく浴衣で大丈夫ですよ」との言葉。料理を楽しむために、心身からの休息を大切にする「旅籠 桜」流のもてなしが伝わってきた。

夕食は3組限定。主人の見立てる特別コース

夕食は京懐石のコース10品前後を、それぞれの客によって内容に変化をつけている。そのため、夕食は3組までしか受け付けない (宿泊者数が上回る場合は朝食のみの対応)。

「お客様それぞれのお食事のタイミングを見極めています。それに最近は外国人のお客様も多いので、満足いただける内容をその都度いらした際に予測するんです。どうやら僕はその方を見ると、何を好まれるかを当てるのがうまいみたいです。」と、ご主人の池田氏が茶目っ気のある笑顔を見せる。

ウニとタイラギ貝のフルーティな先付

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今回先付に登場したのは、タイラギ貝に赤ウニ、デラウエア、オクラにエディブルフラワーが彩られた一品。大きな貝を器に、アセロラとトマトのジュレに、泡状のわさびがきいている。歯ごたえのよいタイラギ貝に、下に敷かれた白和えを絡ませると、フルーツの酸味とまろやかに調和する。広島の吉和村で採れるというわさびがやさしく爽やかに香り、午後の海風の爽快感を思い起こさせる。 

アニメに後押しされ飛び込んだ料理の世界

地元広島で生まれた池田氏は、現在40歳。家柄の良かった両親の影響を受け、食や芸術など、幼少期から良質なものに触れる機会は多かったという。海外での留学経験も持つが、若い頃には、なかなか職が定まらず、警備員や居酒屋など、様々な仕事を経験。料理の道に入ったのは二十歳過ぎと遅いスタートだった。

「笑っちゃうんですが、何をやりたいのか迷っていた当時、たまたま見た漫画の『ONE PIECE(ワンピース)』(尾田栄一郎作)のアニメ(30話)の中で、船の料理人の話があったんです。料理長との師弟関係や、夢を持ったその料理人に感化されたというか、見た後にはもう料理への心が決まっていて。翌日、昔縁のあったてんぷら屋を訪ねて、『修業させてください』と頼み込みました」。

そんな異色なきっかけから飛び込んだ料理の世界であったが、センスのよさを見込まれ、広島のホテルや老舗料亭などで10年以上経験。その後京都へと移った。「京都へは、広島とはなにか違う経験ができるんじゃないかと、師匠について移ることを決めました。」

しかし、移った店の状況が変わり、再び職場を探すことになった池田氏。「それまで何度も近くを通り憧れていた所だったんですが、偶然調理場の募集を見つけたんです。」そこは、京都でも歴史のある老舗旅館で有名な「柊家(ひいらぎや)」。狭き門である調理場の仕事を手にしたのだ。「入ってみると、早朝から夜まで本当に忙しい毎日でしたが、京都の歴史や文化に触れ、貴重な経験を積むことができました」。

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京都の「桐蔭席(とういんせき)」の茶室をイメージしたと言う食事処。土壁など京都から取り寄せた。お母様が趣味で所有していたというアンティークの絨毯や調度品がうまく調和している。

そんな頃、訪れた旅先でも大きな刺激を受けた。「機会があって訪れたパリが素晴らしかったんです。ずっと住みたいくらいでしたが、戻って以来、京都の街や日本文化の見る目が一変しました。京都の自然やお茶室を見て歩くようになったり、パリを見たことで、逆に日本の文化の素晴らしさに気付けるようになったんだと思います。」

瀬戸内海の恵みを味わうお造り

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魚は近海のものを主に使う。広島、愛媛、山口に近く恵まれた土地柄、季節よって豊富な食材が揃う。

今回のお造りは、伊勢エビにシマアジ、瀬戸ダイに季節の花が瑞々しく飾られ、なんとも芸術的な美しさだ。タイの肝がコク深く、ミョウガや花きゅうり、ラディッシュに、昆布の煮こごりなどを一緒にいただくと 、風味の違いを楽しめる。また、旬のトロカツオは、山口県産のダイダイを絞った黄身酢でいただく。ダイダイの香りが華やかにカツオの風味を増し、ラディッシュといただくとさっぱりと、またあらたな感覚で味わえる。

活アナゴの白焼とアユの変わり揚げ

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素揚げしたタデの葉をあしらい、アユが踊りだしそうな盛り付け。

広島産の活アナゴの白焼はわさびで、梅シソをアユで巻いた変わり揚げには、徳島県産の青ユズをかけていただく。弾力のあるアナゴは噛むごとに味わいが増し、タデの葉と合わせるとサクサクと香ばしく食感が楽しい。アユの頭も歯ごたえよく最後まで食べられてしまう。

「食材は近くの市場や、農家さん、ご近所からいただいたりと、特別に仕入れるというよりは、地のもので最高の料理をお出しすること、おいしさを引き出すことを考えています。そのためには、包丁の入れ方など基本を大事にしています。下積みが長かったことが今に活かされていると感じます。」

宝石箱のように詰められた季節の味覚

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続いての八寸は、紫陽花の美しい京焼の器を開けると、タイの笹巻き寿司、プチトマトにクリームチーズを射込んだホウズキトマト、マスの木の芽焼き、車エビの黄金煮、そして2種の豆で模したカエルが可愛らしく顔を出す。それに自家製からすみ饅頭に小ナスの揚げ煮を詰め合わせている。ガラス小鉢には、ハモの白焼きにトマトのジュレがフルーティに、旬の味覚や彩りを凝縮した一品だ。

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写真左:今年採れた和歌山の南高梅を使った青梅ソーダは、この時期だけのお楽しみ。写真右:イチゴにブルーベリー、小夏や甘夏を使った水菓子は、飴細工とチョコレートが繊細に美しい

地元 宮島からスタートした家族の夢

京都で経験を積み、妻と子供にも恵まれた池田氏。地元宮島に戻り、ジャングルのような林であったという現在の土地を整地し、完成までに約2年。建築士との予想外のトラブルに見舞われるなど、1年遅れのオープンとなった。

「工期の遅れなどで、オープン当初は不安な日々も続きました。ただ、これまで口コミだけですが、少しずつ知っていただけるようになって。今は国内、海外からもうちを目指して来て下さるお客様もいます」。料理人として、旅館の主人として、一組ごとに真剣に向き合いながらもてなすスタイルを確立させてきた池田氏。それらを共に支え、家族全員で夢見た場所が「旅籠 桜」なのだ。

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器は京都の他、池田氏が全国から集めたこだわりのもの。写真左:北大路魯山人の日月椀 右:人間国宝 井上萬二氏の作品

「自分は他のシェフの方々と比べるとあまり真面目じゃないかもしれませんが、本物を見極める才能というか、センスには自信があります。せっかく頂いた二つ星ですが、自分はその評価に見合うと思っていません。旅館として、二つ星に見合うレベルに宿全体をさらに高めていかなければいけないんです。それにはまだまだ隙が多いと感じています」。

美しい眺めはもちろん、寛ぎの時間やパーソナルなもてなし。料理を満喫する要素にも満ちたこの場所が、さらに目指すのはいったいどのようなものなのか。「この旅館をはじめて、国内外の方々とたくさんの出会いがありました。ここをスタートに、自分もさらにチャレンジしていきたいですね。」「旅籠 桜」のさらなる進化に期待が集まるところだ。

撮影・取材/クラブミシュラン 庄司 朋可(ぐるなび)

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