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ぐるなび

東京都内の“おいしい”探訪記

2018.7.24

「日本の食材や生産者を大切に、それらを生かすということは、フレンチの頃から変わりません。ただ、表現するものがベトナム料理に変わっただけです。」

アン ディ シェフ 内藤 千博

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多彩なハーブやスパイスを巧みにアレンジしたエスニック。中でも、食材にこだわりワインとのマリアージュを楽しめるとして、女性に人気のベトナム料理店がある。東京都渋谷区、外苑前駅からほど近く。2017年7月にオープンし『ミシュランガイド東京 2018』でビブグルマンとして掲載された「アン ディ(Ăn Đi)」だ。

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レトロなビルの1階、コンクリートと木の質感に包まれた、モダンながらも温かみを感じさせる店内

Ăn Đi(アンディ)とは「召し上がれ」という意味のベトナム語で、「ワインを片手にゆっくりと、新鮮なハーブや葉野菜たっぷりのベトナム料理を楽しんでもらいたい」という想いのもと、ワインテイスター&ソムリエの大越 基裕氏がオープンした。

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そして、シェフを務めるのは内藤 千博氏。『ミシュランガイド東京 2018』で二つ星として掲載されているフランス料理店「レフェルヴェソンス(L'Effervescence)」でスーシェフを務めた人物だ。ミシュラン掲載店がひしめき合う西麻布においても存在感を示している同店から、ベトナム料理への転身。しかしながら、内藤シェフ本人には一切の迷いもなかったという。

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「もともとエスニック料理が好きで、まかない料理ではよく作っていました。休みにはベトナムに何度か旅行に行ったりもしていました。それで、このお話をたまたまいただいた時、そのコンセプトに惹かれてぜひ一緒にやりたいと思ったんです。」

日本の食材やプロダクトを大切に、ベトナム料理とワインという組み合わせで食のあらたな楽しみを生み出す。そして人々に集う場を提供したいというオーナー、シェフそれぞれの想いが重なった。

”最初の一杯”は「シトロン エ シトロン(Citron et Citron)」 国産レモンを使ったレモンサワーで

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写真左:こだわりのレモンサワー「シトロン エ シトロン(Citron et Citron)」/写真右:入り口横には自家製ハーブ菜園が茂っている

「アン ディ」では、コースと共にワインペアリングを頼むのがおすすめだ。しかし、そのペアリングがスタートする前、最初の一杯としてぜひオーダーしたいのが、こだわりのレモンサワーである。30年以上農薬や化学肥料を使わない自然農法で育まれた愛媛県の生産者から仕入れたレモンと黒糖で作ったシロップに、宮城の米焼酎を炭酸で割る。レモンの確かな酸みと黒糖のコクで、風味は濃厚なのにさっぱりとキレがある。これから始まるコースをより一層楽しむため、レモンの爽やかさで食欲を呼び起こすのだ。

ミャンマーのお茶の葉を使ったサラダ「ラペットゥ」をインスピレーションに。見た目も鮮やかなティーリーフサラダ

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コースは1種類 6,500円(税込、以下同)、ランチは5,900円。「ティーリーフサラダ」はコースにも含まれるが、アラカルト(1,800円)でも注文可能。季節によって食材は変わるがキュウリ、ミニトマト、もち麦、炒ったエビ、河内晩柑など。主役の発酵茶葉は、今の季節(取材時2018年6月)は熊本の八女から届いた新茶を発酵させて使っている。

オープン当時から絶大な人気を誇る、「アン ディ」を代表する料理「ティーリーフサラダ」。ミャンマーのお茶の葉を使ったサラダ「ラペットゥ」にインスピレーションを得たという、見た目にも鮮やかな一品だ。野菜やナッツ、フルーツ、もち麦などと発酵した茶葉をよく混ぜていただく。これだけ多様な食材が組み合わされると、噛むたびに違う食材の風味や食感を感じ面白い。炒ったエビの香ばしさ、河内晩柑の酸み、フライドエシャロットや黒糖を絡めたローストカシューナッツの歯ごたえが軽やかだ。主役の発酵茶葉のフレッシュな苦みと深いうまみが繊細に調和し、プラスする甘夏のドレッシングとバランスよく共存している。しっかりと噛んで口の中で変化していく味わいをゆっくりと楽しみたい。

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ティーリーフサラダには、山形の自然農法で栽培されるワイン(白・発砲)を合わせる。完熟デラウェアを100%使用した華やかな香りとフルーティーな味わいは、ティーリーフサラダとの風味の相性が抜群。無濾過のためぶどう由来のにごりが残り、格別な風味を楽しめる。

エスニックに和のエッセンスを忍ばせて

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定番の「10種のハーブ&季節野菜 エビの生春巻き」 1,000円。コースに含まれるのは「季節の生春巻き」で、内容は季節によって変更有

こちらも「アン ディ」の定番、「エビの生春巻き」。オクラ、キュウリ、人参などたっぷりの野菜とハーブ、ぷりぷりのエビが入った生春巻きを、秋田県伝統の調味料”しょっつる”をベースにしたソースでいただく。ぎゅっと詰まった野菜の歯ごたえを楽しみながらエビのうまみを味わう。独特の酸みでアクセントを作っているのは、自家製のしば漬けだ。そこに完熟したパイナップルの甘みが加わる。一見相容れない組み合わせだが、これが驚くほどに違和感がなく、むしろお互いを高め合うような名コンビだ。生春巻きに定番のスイートチリソースを日本特有の素材で再構築したというソースも、スダチが香りさっぱりとコクがあり、生春巻きの味わいを豊かにしている。

シェフのクリエイティビティが華開く、国境を超えたプレゼンテーション

「アン ディ」のコースは、フランス料理と同じ構成になっている。アミューズ、オードブル(サラダ)、スープ、ポワソン(魚料理)、アントレ(肉料理)、デセールと、お肉の後にフォーが出るなど多少の違いはあるが、フレンチと同じ順番でコースは進行する。

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「アワビと肝の茹で春巻き、トマトと爽やかなハーブ」。写真はアラカルト(1,800円)のもの

アンディの料理たちは、テーブルに運ばれてきた瞬間、ベトナム料理を食べていたことを忘れるかもしれない。ただ、その繊細で美しい姿に目を奪われるのだ。

「アワビと肝の茹で春巻き」は、アワビのコリコリとした食感ともちっとした皮のコントラストを楽しめる。しょっつるとレモングラスで味と香りをつけたトマトのクリアスープの爽やかな酸みがさらに食欲を沸き立たせる。

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彩りで添えられたハーブたちもそれぞれに個性的。パクチーの花、ナスタチウム、食べると牡蠣の味わいが広がるボリジなど、一口ごとに違ったハーブと一緒に口に運ぶと味わいに変化をつけられる。

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「鮎のフリット」(アラカルトは2,500円)

そして鮎のフリットは、和歌山や栃木から仕入れた稚鮎をさっくりと揚げ、メコン川をイメージしたという盛り付けで見た目にも楽しませる。上品で淡白な稚鮎の味わいに、ベトナムコーヒーと黒糖を合わせたパウダーとタマリンドソースが、豊かなコクと香ばしい風味を加えている。パウダーとソースはぜひたっぷりとつけていただいて欲しい。稚鮎の繊細な味や肝のほろ苦さに、ビタースイートなパウダーと酸みのあるソースが口の中で渾然と融和していく。

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鮎のフリットに合わせるのは、南アフリカのワイナリーによるワイン(赤)。スモーキーな風味とジューシーな果実感がベトナムコーヒーのフレーバーとのハーモニーや鮎の苦みとのバランスの良さを楽しめる。

始まったばかりの挑戦。インスピレーションに従って

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「ベトナム料理でも、甘みや苦み、酸みなどの味の組み立てという点ではフランス料理も基本は同じです。アイデアに従って生まれてくる組み合わせで、どうベトナム料理に落とし込むか。今はそれを考えるのが楽しくて仕方がないです」そう言って無邪気に微笑む内藤シェフ。フレンチ、和、エスニック。料理ジャンルを越え、自身のインスピレーションに従い、技巧の限りを尽くす。そうして生まれたベトナム料理は斬新で美しい。ここに訪れた人たちは、その創造性と遊び心に富んだ料理たちに出合い、更なる食への好奇心をそそられるだろう。

取材・文/山根由実、撮影/庄司朋可(ぐるなび)

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