特集

ぐるなび

わざわざ出かけたい国内グルメ旅

2018.8.31

今年7月、『ミシュランガイド熊本・大分 2018』発刊のタイミングを同じくして、うれしいニュースが飛び込んだ。「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の世界文化遺産登録である。今回発刊された熊本・大分のセレクションの中では、熊本県の南西部に位置する天草市の集落もその関連資産の一部として登録されたのだ。西は中国大陸をのぞみ、かつて日本へ西洋文化が伝来する玄関口でもあった天草地方。キリスト教伝来の歴史が今も残る独特な文化はもちろん、海に囲まれ自然豊かな風土。今回は、魅力が詰まった天草の旅をご紹介。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
写真
空からのアクセスは、イルカを形どったユニークな機体が印象的な「天草エアライン」が、伊丹・福岡・熊本空港から天草市上島の北部にある天草空港を結ぶ。車のアクセスは熊本市街から天草五橋と呼ばれるシンボリックな5つの橋を渡り約2時間で天草市街地へ。他にも、週末や観光シーズン中には、熊本駅から三角港(みすみこう)を経由し、観光列車「A列車でいこう」と大型クルーザー「天草宝島ライン」を組み合わせたアクセスも可能。

今回の旅に先立ち、クラブミシュランの「予約代行コンシェルジュ」※のサービスを利用した。訪れたことのない土地への旅をアレンジする際、ミシュランガイドが発刊しているエリアであれば、条件や好みに合ったレストランの情報を提供し、予約までを代行するサービスだ。

※「予約代行コンシェルジュ」は、ゴールド会員限定のサービスです。

キリスト教伝来から、今も残る天草独自の文化

写真
西は大陸方面に開けた東シナ海、北は島原半島に抱かれる有明海、東は九州本土との内海となる八代海と3つの海に囲まれる天草。上島・下島の二つの大きな島に分かれ、天草諸島は大小122の島々で構成されている。

世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、大航海時代のアジアに日本列島の中で最も集中的に宣教が行われた長崎と天草地方の半島部に点在する12の構成資産で成り立っている。そのうち天草では、下島の西部に位置する「天草の崎津(さきつ)集落」が登録されている。江戸幕府の禁教令によって棄教を迫られたキリスト教徒たちのなかには、仏教徒を装い信仰を守り続けた“潜伏キリシタン”として、この地域特有の信仰文化や風習が今も残っている。

写真
キリスト教の解禁後、カトリックに復帰した住民たちのために建てられた「﨑津教会」。禁教期、﨑津集落の潜伏キリシタンは、キリストの神々を大黒天や恵比須神に、アワビの貝殻の内側の模様を聖母マリアにそれぞれ見立てるなど、漁村特有の生活や生業に根差した信仰を実践していたという。

“アジアの中の天草”が凝縮した旅館

今回の宿泊先として向かったのは、天草西海岸の下田温泉にある「石山離宮 五足のくつ」。雲仙天草国立公園内にあり、全室に源泉かけ流しの天然温泉の露天風呂が付く離れの宿だ。『ミシュランガイド熊本・大分 2018 特別版』では、「最上級の快適」として旅館カテゴリに掲載されている。

写真
明治40年、日本の近代文学の基礎となった作品を次々と世に送り出した、与謝野寛(鉄幹)、北原白秋、平野万里、吉井勇、木下杢太郎の5人の詩人が、大江天主堂の司祭ガルニエ神父を訪ねてこの天草を訪れ、そのときの紀行文を『五足の靴』として発表した。当時彼らが歩いた全長3kmの道が、文学遊歩道「五足の靴」として天草の文学史跡となっている。「石山離宮 五足のくつ」の施設はその文学遊歩道の豊かな森林に面しており、各施設が点在している。

天草灘を見渡す東シナ海に面し、夕日のスポットとして有名な「鬼ヶ浦展望所」の山側。案内を見つけ、車でゆっくりと傾斜のきつい山道を上る。スタッフの案内をたよりに吊り橋を歩き進むと、ログハウスのような個性的な建物が現れた。「コレジオ」というその名の建物は、かつて天草にあったキリスト教の神学校に由来し、ライブラリーやラウンジ、夜にはバーとして人の集う場所であると、オーナー山﨑博文氏が説明してくれた。

写真
コレジオの玄関口。天草では、正月に設えたしめ飾りを一年中飾る風習がある。これはかつてキリスト教が禁止された時代、キリスト教の信仰を隠し、神道であることを示すための風習が現在も残っている。

ステンドグラスやトルコ絨毯、アジアの雰囲気を感じさせる置物など、どこの国とも言えない不思議な物語のワンシーンのようである。天井が高く吹き抜け、なんとも心地良い空間だ。

写真
コレジオ館内、バーカウンターの一角。

チェックインを済ませ、さらに密林のような深い森林を車で抜け、別の施設に辿り着く。扉を開け一歩立ち入った瞬間、その空間に圧倒されてしまった。しんと、静まった空間に響き渡るグレゴリオ聖歌。飾られる中世の宗教絵画に、天井高く美しく彩られたステンドグラスの光。教会と同じ建築様式で作られているという真っ白で天井高く吹き抜けるその空間は、2カ所あるレストランの一つであるという。

写真
VillaCゾーン専用のレストラン。東シナ海を見渡す専用個室が5部屋。営業時間内の好きな時に来て、食事をいただける。

「九州でも、日本でもない“アジアの中の天草”をこの施設に表現したいと思い、施設の構成から家具、調度品のデザインまですべてオリジナルです。東京よりも上海に近い位置にある天草は、日本の中でも最もアジアに近く、かつていち早く西洋文化が日本に伝わった地域として、美しく華やかな文化が華開いた場所です。天草と言うと、長い禁教や一揆など、辛く悲しい歴史のイメージがあるかもしれませんが、その時代にも、人々の暮らしや海外との交流から生み出された独自の美しい文化があったんです。それらをここに凝縮したいというのが当初からのコンセプトです」と山﨑氏が語ってくれた。

エネルギー溢れる大自然の中の非日常

写真
「石山離宮 五足のくつ」の真下にある鬼ヶ浦展望所。東シナ海に沈む夕日をこのエリア一帯から眺めることができる。高台にある「石山離宮 五足のくつ」の食事処やテラス、各部屋の露天風呂からも絶景が見渡せる。

天草に生まれ、この下田温泉の老舗「旅館 伊賀屋」の六代目であった山﨑氏。当時旅館の後を継ぎ東京から戻ってきた20代の当時、この土地に強いインスピレーション受けたと言う。“アジアの中の天草”をどう表現するか、構想から約10年を経て2002年にオープン。当初の10棟に加え、3年後に追加された5棟の2つの異なるタイプの離れで構成される。それぞれ部屋の立地や趣も異なるため、連泊時には異なるタイプの部屋をアレンジしてくれるなど、このランドスケープを様々な角度から楽しむことができる。

写真
象がモチーフにされているVillaCの離れ。

部屋の調度品はすべてオリジナルにデザインし、国内やアジアの工房などで制作されたもの。動物などエキゾチックなインテリアや置物が、アジアの香りを漂わせつつもどこか幻想的な異世界の雰囲気を醸し出している。

写真
各部屋の露天風呂は源泉かけ流しの天然温泉。樹木に覆われた岩風呂、緑に囲まれた切り石の風呂など、部屋ごとに趣向が異なる。「石山離宮 五足のくつ」も同じく、下田温泉は火山性の温泉ではなく、天草下田温泉を東西に流れる下津深江川の水が天草陶石層に浸透して温められ、湧出されためずらしい温泉。700年以上の歴史を持つ。(泉質:ナトリウム-炭酸水素塩泉)

各離れはそれぞれ十分な広さに加え、大きな窓と高い天井が特徴的だ。露天風呂からは東シナ海の絶景を見渡せ、夕日を眺めながら入浴できる部屋もある。それぞれの離れは完全に独立したプライベート空間が保たれ、夕暮れや星空、朝の日の光の中で開放的な時間を過ごすことができる。

写真
焼き物の原料となる陶石の産地でもある天草。その原料から天草伝統の丸尾焼で手作りされたアーティスティックな洗面台。各部屋異なるデザインが楽しめる。

「あくまでもここは温泉旅館です。伝統的な湯治場のように、大自然の中で温泉を楽しみ体を癒せる場所として、お客様の気が向くままに過ごせるよう配慮しています。」

東シナ海を望む約1万坪の山一つ分の敷地を、わずか15棟の離れの客室で構成する「石山離宮 五足のくつ」。海と大自然に抱かれる、圧倒的なランドスケープや温泉、天草の文化を反映した独特なスタイル。大自然に癒され、かつて日本の新時代の幕開けの舞台となったこの地の歴史に思いを馳せる、贅沢な時間に浸ることができるだろう。


天草でしか味わえない大将オリジナルの寿司

3つの海に囲まれ豊富な漁場を有する天草。ここに来たならば、地元の魚を味わいたい、というリクエストに「予約代行コンシェルジュ」から提案された一つの寿司店を予約した。天草下島の東側、大型スーパーなど市街地としてにぎわう本渡港近くにある「奴寿司(やっこずし)」だ。『ミシュランガイド熊本・大分 2018 特別版』では一つ星として掲載された、天草でも歴史ある寿司店である。威勢のいい声で出迎えてくれたのは、大将の村田安一氏。

写真
昼は握りのみだが、夜のおまかせコースは3,200円(税別・以下同)から10,000円までのコースが選べ、今回は10,000円のコースを紹介。内容は、小鉢3種に御造り、茶わん蒸し、焼き物、握り12貫、赤だし、デザートと品数が多い。好みに応じアレンジも可能だ。

この地で生まれ育った村上氏は、天草の老舗の寿司店「蛇の目寿し」で経験を積み、20代で「奴寿司」を開業。天草で獲れる種類豊富な魚の魅力は他にはないと、この土地一筋で寿司を握って47年になる。現在は息子さんもカウンターに立ち、親子で寿司を握る。県外からの客も多く、現在は昼夜とも2か月先まで予約がうまっているという。

写真
席数36席に加え、20名まで利用可能な仕切れる個室がある。

全国有数の豊富な漁場。天草の魚の味を引き出す技の数々

「奴寿司」の他と異なる特徴は何といっても、多くの握りに醤油を使わず、特製の塩でいただくこと。関東では高級魚とされる魚や天然ものなど、特に天草で獲れる白身魚の種類は豊富だ。その繊細な個性を引き立てるのに、熟成や大将の丁寧な仕事に加え、この自家製の塩が一役買っている。

「天草では、家を建てる上棟式でお酒と魚をおまつりしますが、最後にその魚を塩で食べるという風習があるんです。20数年前、この店の建て替え時、塩で刺身を食べましたがとてもおいしかったんですよ。」それ以来、試行錯誤の上、現在の塩を中心としたスタイルに定着したのだそう。季節ごとに春には桜塩、夏は梅塩、ウニ塩、秋のボラの時期にはからすみ塩など、これまで20種ほどのレパートリーがあり、季節毎に常時3-4種類を使い分けている。

写真
こぼれそうなほどふんだんに乗せられた赤ウニ。置くとウニが倒れてしまうので大将の手から直接手渡しで。旬の濃厚な赤ウニは獲れたまま、何もつけずに味わう。ふんわり甘みがあり、酢飯がやさしく口の中でほどけてゆく。

平目の赤ウニ巻き

写真
魚はほぼすべて天草産。通常天草のレモンを合わせるが、収穫されない夏の期間は大分のかぼすを合わせる。ウニ塩は、天草の天然塩の中にウニを入れ密封。1年間寝かせ、ウニの水分が出てドロドロに混ざり合ったものを夏の暑い時期に天日でカラッと干す。

つまみには、「平目の赤ウニ巻き」。今が旬の天草の赤ウニを平目で巻き、大分のカボスと自家製のウニ塩を添える。平目の甘みに、ウニのまろやかさ、ウニ塩の力強い風味が加わりカボスがさっぱりと平目の風味を引き立てている。

真鯛の焼き締め

写真
醤油ダレには、4種類の醤油をブランドして使う。天草や九州の醤油は甘みが強く、ブレンドすることで魚の種類に応じたバランスをとっている。

続いて「真鯛の焼き締め」。ワサビの茎を刻み、鷹の爪をたたいたワサビ胡椒がピリリときいた醤油ダレでいただく。旬の脂がしっかりとのった真鯛をレアの状態が残る焼き加減に仕上げている。噛むと真鯛の旨みがジュワっと大量に口の中に溢れ出てくる。

「天草の真鯛は最高です。これも漁師さんから直接仕入れた良質なもので、3日程度寝かせています。1週間ほど寝かせる場合もあり、だんだんとろけるような食感になっていきます。噛むと肉を食べたときのようにジュ~っとうまみが湧き出るような、この地域ならではの極上品ですよ。」

大将の趣向を凝らした握りの数々

写真
魚は市街地周辺の市場ではなく、天草郡の有明町や倉岳町など田舎の魚屋や漁師から直接仕入れたり、毎日買い付けに出向く。

大きく肉厚な車エビも天草産。ほんの少し火を入れたレアの状態を観音開きで酢飯に巻く。プリっとはじける食感に甘みを放ちながら口の中で上品に酢飯と共にほどけていく。

写真
写真左:オコゼ 右:アラ(クエ)

オコゼはネギと紅葉おろしで。冬のフグ、夏のオコゼとその淡白な白身の代名詞としてあげられる魚だが、繊細かつ弾力ある歯ごたえに紅葉おろしがアクセントにきいている。続いて、冬の高級魚として知られるアラ(クエ)も「奴寿司」では年中定番として登場する。脂の薄い夏のアラは醤油と昆布だしに漬け、赤ウニを挟んだ上に刻みワサビを乗せている。ゆっくり味わうと、クエのもっちりした弾力にまろやかなウニの甘み、だしの風味にワサビのアクセントが程よくきいている。

写真
左上)大目鯛(赤ムツ・ノドグロ)にカボス、自家製の梅塩をかけて。右上)濃厚な天草のスルメイカはウニ塩でスダチをかけて。左下)白アマ(甘鯛)をコブ締めにし、煮切った醤油が塗られている。上には唐揚げにしたウロコをアクセントに。右下)8月中くらいの短い旬の時期に登場する新子(コノシロという出世魚の稚魚。成長したものはコハダ)を酢洗い。多くは築地に卸されるが、天草では限られた店で新鮮なものをいただける。

魚の状態や特徴にあわせ工夫が凝らされた握りの数々は、それぞれに個性が引き出され、まるで一品料理のように一貫ごと手間暇かけられた作品だ。天草を愛し、地魚をおいしく食べてもらいたいという想いが込められた大将のおまかせコース。天草の魅力を存分に堪能できるだろう。

撮影・取材/クラブミシュラン 庄司 朋可(ぐるなび)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

取材した施設

あわせて読みたい関連記事

    もっと見る

    特集まとめ