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ぐるなび

東京都内の“おいしい”探訪記

2019.5.9

「今後、自分がおいしいと感じるものも変わっていけば、お出しする料理も盛り付けもどんどん変わっていく。僕自身もそれを進化として楽しみにしています」

銀座 しのはら 店主 篠原武将

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かつて滋賀県で、全国から食通が集まる人気店として知られた日本料理店「しのはら」。2016年に銀座へ移転し、『ミシュランガイド東京 2019』では2年連続の一つ星として掲載された。店主の篠原武将氏は、18歳から料理の世界に入り、大阪や京都の日本料理店で修業をした後、滋賀に戻り27歳で開業。滋賀県湖南市では、里山の美しい情景を映す繊細な料理が評判となり、全国から客が訪れた。そして36歳で銀座へ移転し、現在3年目を迎える。銀座という場所でのチャレンジに加え、カウンター11席・コース1本で勝負する篠原氏に、お話を伺った。

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「滋賀の時代から、おいしいものを食べたいとわざわざ足を運んでくださっていたお客様は、東京をはじめ全国からいらっしゃったので、銀座に移転して『行きやすくなった』と喜んでいただいてます。移転前から人気だった『フォアグラの最中』など、常連のお客様に懐かしく感じていただけるものもありますが、ほとんどは新しいお料理です。過去の、要は今の自分にとっては古い料理を振り返っても成長がないので、ノートなどに残したりはしていません。たまにお客様との会話やネットなどで、昔の自分の料理写真を見ると、『こんなの作っていたのか』と面白く感じます」

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篠原氏の料理には、修業先で習得したことを基軸に、幼少期に遊んだ山や川など、自らが触れ合ってきた滋賀の田舎風景が映し出される。滋賀県が誇る信楽焼で設えた真っ白な陶壁を背に、季節ごとの彩りを盛り付けていく姿が印象的だ。

「小さい頃の記憶がとても鮮明です。例えば、小学校に入る前に住んでいたすごく田舎の家も、いまだに間取りも全部覚えていますし、ひな祭りの飾りつけや食卓に並んでいた料理も、田舎でワンパターンだったから記憶しているのかもしれませんが、すべて思い出します。ですから、田舎で育った自分の料理は、“田舎料理”です。銀座でお店を出しても、自分が『懐かしい』と思い出す情景が盛り付けに反映されるもの。それが今後、長く都会で暮らしていけば、都会の料理に変わっていくでしょうし、海外に行ったら海外の料理に変わっていくのが自然。環境が投影されていくことに逆らうこともありません。もう田舎に住んでいるわけではないので、これから山の雰囲気を忘れてしまっても、自分の感覚を無理にとどめることはしません。そうしてしまうと、違和感しか残らないので、料理に嘘が出てきてしまうと感じます」

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滋賀の頃は座敷メインのスタイルだったが、銀座では客前で魅せるカウンター11席に。もともと遠方から食通が集まる店だったが、東京に移転後はさらに、海外からの客も増えたという

料理に真摯に向き合うからこそ、食材の変化にも順応し、さらなる昇華に繋げることができるのだろう。例えば、東京で扱う魚はまったく変わったというが、「日本料理の技術をして、その土地のもので作ることが和食」と篠原氏は考える。

「東京へ来てから毎朝、築地に足を運んでいましたが、滋賀よりもいろんな食材が集まってきているので、料理によって産地を細かく使い分けるようになりました。例えば、ハマグリは、どんな料理でも三重県桑名産がおいしいと思っていましたが、鍋や潮にする時には味の濃い九十九里産もおいしいとか、料理や表現したい味に近づけていくなかで、食材を選ぶ幅が広がりました」

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「銀座 しのはら」の料理は、先付け、お椀、お造り(向付)、お凌ぎ、八寸、添えもの、焼物、冷やしもの、お鍋、または炊きもの、ご飯、お菓子、お抹茶(24,000円 税・サ別)の流れ。「その日に一番おすすめのもので構成するコース一本で勝負したかった」と語るとおり、篠原氏が一皿ごとに神経を研ぎ澄ませ、ストーリーが紡がれていく。食材だけでなく、器やあしらい、細工でも季節や行事を表現する。

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コース中盤に登場する、八寸。「端午の節句」にふさわしい縁起物である柏の葉が団扇盆に敷かれ、甘鯛のちまき寿司、トマトの黄身酢かけ、蛸のやわらか煮、炙りばちこ、一寸豆の塩煮、玉子真丈が盛り付けられる。篠原氏が慈しむ故郷・滋賀の情景が映し出され、新緑の息吹を感じるとともに、凛とした印象の一皿

この日の料理は、5月初旬の「端午の節句」がテーマ。店の顔とも言える「八寸」は、ちまきを縛る井草の目を細やかに整え、全体のバランスを何度も見直しながら盛り付ける篠原氏の箸先から、息をのむほどの集中が伝わった。また、滋賀と東京では、水質の差も大きかったと話す。

「関東でやるからには、こちらのお水を使ってみようと、約2年かけていろいろな使い方を試しました。根本の水を変えることで、おだしも水の種類からとり方、数種類の合わせ方まで何度も変えながら、突き詰めていきました」

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“日本料理の華”とされるお椀。透き通っただしに、存在感を放つ鯛の葛打ちと、飛竜頭、ふきの笹掻きも添えて

こだわりのだしを使った「お椀」は、「端午の節句」のめでたさをあらわす、鯛の葛打ちを主役に。見た目の麗しさとともに、芳醇なだしの香り、食感など、五感すべてで味わいたい。

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この日は、京都・舞鶴のアワビ。真空状態で加熱することで、アワビから出ただしが蒸気となり、染み渡っていくという。ウドとハマボウフウ(山菜の一種)を添えて

3品目は、コースの中では先付けとして出されるアワビ。それ自体から出てくる水分で蒸しあげ、真空状態にすることで、味が濃厚に凝縮された一皿。調味料を一切使用せず、アワビから出たスープやゼラチン質のとろみまで、アワビを余すことなく味わい尽くせる。

5月以降は季節がガラリと変わるため、食材の入れ替わりも楽しみだが、7月の初夏にかけて篠原氏が「修業先で習った料理で、一番好きな炊き込みご飯」と語る、新生姜の季節ごはん“谷中飯”も登場予定だ。

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「ご飯を食べる楽しみを自分自身が知っていないと、お客様の気持ちもわからない」と話す篠原氏は、滋賀にいた頃から、食べ歩きを欠かさない。

「東京に来てからは、日本料理以外を食べに行くことが多いのですが、新たな味や食材に出会ったりすることで、今後、自分がおいしいと感じるものも、きっと変化していくと思うんです。料理人として本当においしいと思えるものしか作りたくないですし、その瞬間の気分で盛り付けも変わっていくものだと考えています。銀座でお出しする料理もこれからどんどん変わっていくはず。僕自身もそれを進化として、楽しみにしています」

故郷を敬い、料理に対しても自分に対しても嘘がないよう、真摯に向き合う姿が印象的な篠原氏。その“粋”なる部分こそ、伝統的な日本料理を常に進化させ、食通たちが“田舎料理”に惹きつけられる理由ではないだろうか。

取材・文/藤井存希、撮影/佐々木雅久

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