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ぐるなび

東京都内の“おいしい”探訪記

2019.6.21

「焼き鳥を焼くうえで一番大切なことは、僕ら人間の手で、素材の良さを邪魔しないこと」

鳥しき 店主 池川義輝

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”予約がとれない焼き鳥屋”と聞いて、ピンとくる人は多いのではないだろうか。その店は、目黒駅からに程近く、『ミシュランガイド東京 2011』に一つ星として掲載された後、現在まで星を維持し続ける「鳥しき」。大将の池川義輝氏は、10代で焼き鳥職人に憧れるものの、一度サラリーマンとしての社会勉強を経て、28歳から7年間、中目黒の焼き鳥の名店で研鑽を積んだのち、2007年に「鳥しき」を開店した。

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席数は焼き場を囲むように設けられた、カウンター17席のみ。うちわで風を送りながら炭火を操り、もう片方の手で数本の串を丁寧に回していく池川氏からは、素材へ向き合う真剣さが伝わってくる。「焼き鳥を焼くうえで一番大切なことは、僕ら人間の手で、素材の良さを邪魔しないこと」と語る池川氏。その火入れの極意とは、強火に串を近づけ素早く肉の表面を焼き固めることで、肉汁、すなわちうまみを逃がさないように焼く「近火の強火」 だ。

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「素材をできるだけ焦がさないために、以前は、素材と炭の距離感は、『遠火の強火』が良いとされてきたのですが、あらためて考えると、素材と炭が離れていれば離れているほど、焼くのに時間はかかる。焼いている間は、素材が熱を発し続けるので、どんどん水分をとられていってしまい、その水分とはいわゆるうまみなので、うまみが逃げてしまうことになるんです。パサパサになってうまみを感じられない焼きあがりになってしまうため、なるべく素材の良さを保ちながら、焦げない短時間で焼く方法を模索し、今の『近火の強火』にたどり着きました」

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単に強火で、串と炭を近づけるのではなく、焦げないギリギリの状態を見極め、素材の内側に熱をどんどん込めていくと同時に水分が出ようとするのを抑えている。この火入れには、熟練のテクニックが求められることがよくわかる。

「炭の専門的な話になりますが、焼き鳥で大切な熱の伝わり方には、表面の対流熱と、炭特有の遠赤外線によって直接熱が伝わる輻射熱の2種類があります。表面に火が入りながら、目には見えない分子がどんどん内側に入っていって、輻射熱が発生して中にも熱がまわっていくロジックを上手に使い分けることで、素材の良さを最大限に引き出す火入れを心がけています」

その火入れのこだわりにより、「ささみのさび焼き」は、軽く炙った程度にも関わらず、内側だけ冷たい半生のような状態になることなく、しっかり熱が込められているのが感じられる。「熱は込めながら、部位ごとに火の入れ方を変えている」と池川氏は言うが、それが一番顕著にわかるのが、ささみなのだそう。

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最初にお出ししているという、「鳥しき」を代表する一品「ささみのさび焼き」。「素材が本当に良いものなので、その素材を生かすために、表面を軽く炙る程度」と池川氏

「鳥しき」では、串を出す流れはあるが、コースという形式はとっていない。

「最初に苦手なものを伺い、ささみのさび焼きやレバー、つくねなど一通りお出ししていき、合間にお野菜も組みながら、お客さまがおなかいっぱいになる手前でストップとおっしゃっていただき、余裕があれば締めのごはんを選んでいただくようにしています」

ささみの次に大将が焼いてくれたのは、修業先から分けてもらったという継ぎ足しのタレでいただくレバーだ。

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「特に女性のお客さまの中でレバーを苦手な方が多いのですが、うちのは食べられると言っていただけることが多いんです。僕なりにですが、女性がレバーを苦手ととらえる理由を考えて、行きついた答えが二つありまして、一つは臭み。臓の臭いが苦手という方は多いんです。もう一つはやはり食感で、モサモサっとした食感を苦手とする方が多い。僕は、鳥も人間も同じだと思うのですが、良し悪しがでるのは内臓と脂で、レバーの鮮度が最高に良ければ、火をさほど入れずとも、熱を込めることで、臭みもなく、食感も損なわれないよう仕上がることがわかりました」

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当初、レバーを提供するうえで、素材の臭みと食感の問題をクリアすることは、大将の大きな課題でもあったそう

3品目は、親子丼やそぼろ丼、卵かけご飯、スープのお茶漬けの4種類から選べる締めもの。

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「一番ご注文いただくのは親子丼で、モモ肉主体にシンプルに作りつつも、温かい卵かけご飯のようにトロッとした半熟のような仕上がりをイメージしています。うちでは本数が決まっていない分、串を20本召し上がる方もいらっしゃるので、締めは重たくなく、スッとおなかに入るものをお出しするようにしています」

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ビタミンEが通常の数十倍含まれているこだわりの卵を使った親子丼。仕上げに卵黄を足して、より濃厚かつトロッとした食感を増している

現在、目黒本店の「鳥しき」のほか、2つの分店とあわせて3店舗を展開する池川氏。『ミシュランガイド』へ掲載されてから、確実に海外からのお客さまが増えてきたのを感じたという。

「海外の方の一番の来日目的は、現在は食ですよね。とくに寿司、天ぷら、焼き鳥と……。もとは江戸末期の『屋台』からすべて始まっているものですが、400年ほど経った今、寿司、天ぷらはそれなりの地位を確立できたにもかかわらず、焼き鳥だけが少し取り残されてしまっているように感じています。僕自身もよく海外に行くので、外国で寿司や焼き鳥を食べることも多いのですが、焼き鳥ほど日本と海外で差があるものはないと思うんです。海外では、ただ串に刺して焼くだけのような、焼き方や火の入れ方だけでなく、串の刺し方も、意味を考えることなく、素材の事も無視して焼いてしまっている。その違いを海外のお客さまがいち早く感じているからこそ、『日本の焼き鳥は違う』と来店いただく方が増えてきたのではないでしょうか。

次のステップとしては、僕よりも次の世代の人たちが働きたい、働きやすいと思ってくれる環境を作っていくことが、今後の僕の役割の一つだと思っています。また、外を見たときに、世界中で焼き鳥は、なぜこの串の刺し方なのか、どう火入れするとおいしくなるのかというような、根本的な理解がまだ広まっていません。これからは正しい焼き鳥を、世界に広げていきたいと考えています」

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今年の秋頃、ニューヨーク市マンハッタン・ノーホーエリアに新店を構える予定で、本格的に海外進出を果たすという池川氏。これまで炭の仕入先がなかったニューヨークで、日本から正規の仕入ルートを確立するところから取り組み、今回、和歌山の炭を使うことが決まった。

日本では焼き鳥の地位向上の立役者となり、次は世界で焼き鳥の常識を正しいものに塗り替えていこうとする池川氏。ニューヨーク新店の開店時、その期間のみ現地へ渡るが、その後は「鳥しき」で修業を積んだ弟子がニューヨークの店を受け継き、池川氏は目黒の焼き場からは離れない。グローバルな視点で日本の食文化を守り、本当においしいものを広げていく。料理人としての本質が、「鳥しき」から脈々と受け継がれているのを感じずにいられない。

取材・文/藤井存希、撮影/佐々木雅久

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