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ぐるなび

東京都内の“おいしい”探訪記

2020.8.20

「料理は人を喜ばせることができる。食は人にとって欠かせない大切なもの」

シンシア オーナーシェフ 石井真介

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北参道の緑の中、落ち着いた佇まいの住宅街に、特別な食体験を欲する感度の高いゲストたちが足繁く通うフランス料理店がある。『ミシュランガイド東京 2019』で初めて一つ星として登場して以来、2年連続の一つ星として掲載されている「シンシア」である。「誠実な」「正直な」「真摯な」という意味を持つ店名の通り、オーナーシェフの石井真介氏はゲストや生産者、食材に対して誠実に向き合う料理人である。

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オープン前からここまで注目されていたレストランはそうはなかった。石井氏がシェフを務めていた渋谷の松濤にあった人気のフレンチレストランが2015年3月にクローズしてからは、心の拠り所を失った熱烈なファンたちが、石井氏の次なる一挙手一投足を見守っていたのだ。

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そして満を持して2016年4月にオープンしたのが、この「シンシア」だ。地階にあるにもかかわらず、豊かな空間を有し、開放感あるテラス席も設けられている。中に入ると、専有面積の半分をも占めようかというオープンキッチンが目を引く。ほぼ全ての席からオープンキッチンが見えるように設計されており、石井氏やスタッフたちのライブ感ある動きを鑑賞しながら食事を楽しめる。

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創造性と遊び心溢れるモダンフレンチに定評がある石井氏だが、料理の礎にはオーセンティックなフランス料理の流れを受け継いでいる。調理師学校を卒業した後、憧れていたフレンチシェフである三國清三氏のレストランで料理人生を歩み始める。その後、野菜料理の名手である田代和久氏の下で経験を積み渡仏。フランスでは二つ星や三つ星のレストランで研鑽を積み、帰国後はいくつかのレストランを経験。2008年に渋谷・松濤のフレンチでシェフに着任した。

華やかな名店を渡り歩いてきた石井氏の原点は、美容師であった母だという。

「料理上手だった母の影響もあり、料理に興味を持ちはじめたのですが、中高生の時には自ら料理を作るようになっていました。母からもよく褒めてもらった思い出があり、『料理は人を喜ばせることができる。食は人にとって欠かせない大切なものなんだ』ということを実感するようになりました」

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フィンガーフード:全体の皿数によって5種から6種が提供される。同時に提供されるのは「まとめてサーブすることで、会話や場の雰囲気を遮らない」という石井氏の配慮から。最初に食べてもらいたいというローズマリー風味のカラメリゼしたトマト(写真:中央下)、日向夏のジャムを包み込んだフォアグラのムース(右上)、朝食をイメージしたブリオッシュとブーダンノワール(中央)は定番で、季節によって内容も新しくなる。他には、マドラスや五香粉で香りづけた琵琶湖の稚鮎(左下)、パプリカのチュイール(左上)、枝豆のマジョラム風味(右下)

石井氏の料理は、宝箱を開けるようなわくわくと高揚感の詰まったプレゼンテーション。そんな遊び心の詰まった料理が生まれるベースともいえる、石井氏がもっとも重視するポイントがある。

「料理にはもちろんこだわりがありますが、自分が作った料理だけを押し出していきたいとはあまり思いません。最も大切なのは、ゲストにリラックスして、その“時間”を楽しんでいただくことです。日本人は居酒屋であれば気軽に楽しめますが、フランス料理になったとたんに緊張してしまいます。自然体で肩肘張らずに訪れていただき、フランス料理のよさをもっと知っていただけたら嬉しいですね」と話す。

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その言葉を裏付けるように、大理石のドアやタイルの床、真鍮の装飾品とバランスをとるかのように、木々をイメージした緑の調度品を飾ったり、テーブルクロスをあえて敷かずに木製テーブルを配するなど、上質さを漂わせながらもどこかほっとできるようデザインされた空間だ。

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魚のパイ包み焼き:石井氏が好きなホットサンドからインスピレーションを得たという鯛焼きに見立てたシグネチャーディッシュ。取材時、夏季シーズンにはスズキ、冬になると鯛が用いられ、魚介類のクネル(すり身)を包み込んだ花ズッキーニが添えられる。ベアルネーズソースと、アメリケーヌソースに加えられたトマトを合わせれば、フランスの伝統料理ルゥ・アン・クルート(スズキのパイ包み焼き)のソース・ショロンになるという、かわいらしい見た目以上に計算された一品

「シンシア」で体験できるのは、ディナーの「オートクチュールコース」13,800円(税・サービス別、以下同)と、土曜日のランチにだけ行われている「Menu S+(シンシアプラス)」4,600円。前者は石井氏のクリエーションを余すところなく堪能できるコースで、後者はその日のメニューから自由にチョイスできる着席型のブッフェスタイル。

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石井氏の料理への姿勢があらわれるひとつに食材がある。「シンシア」は個店であるにもかかわらず、40から50という多くの仕入先と取引をする。この食材であればこの生産者からと決めており、全国の農家や畜産家から吟味された食材を直接仕入れている。

「多くの生産者の方と直接やりとりしているので大変ですが、食材に対する思いを汲んで使いたいので、これでよいと思っています。最もよいものを日本全国から仕入れて、ゲストに最高の料理を食べていただきたいですね」と語る。

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しかしながら、よい食材へのこだわりはあるが、高級食材を安直に用いることはせず、日本らしいアレンジを施す。「日本が好きで日本でフランス料理店をやっているので、日本ならではのアプローチでフランスの料理のよさを伝えたいんです」と石井氏。

フォアグラのソテーのようにオーソドックスなフランス料理のスタイルをそのまま提供したり、日本の調味料で変化をつけるだけではなく、クラシックなフランス料理と日本の文化を融合したオリジナルのクリエーションを創り出すのが石井氏の持ち味だ。

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岩牡蠣の冷菜:最初に提供される一品で、テーブルまでサーブされ、モダンな有田焼のショープレートで提供される。加熱した後でカットされた岩牡蠣とトマトウォーターのムース、トマトのスライス、エディブルフラワーという彩り鮮やかな取り合わせ。「岩牡蠣は海の底というイメージがあるのでポップに華やかなアレンジにして楽しんでもらいたかった」という石井氏。ミルキーな岩牡蠣にトマトのほんのりと差す甘味がよく合う

「四方を海に囲まれた日本は、海からも山からも質の高い食材が手に入る素晴らしい土地。手頃な値段でおいしいものが食べられるのも、日本ならではです」と語る石井氏にも、近年特に憂慮していることがあるという。

「日本人ほど多くの魚を食べ、深く魚に精通している民族はいません。しかし、それを当たり前と思ってしまい、水産資源を管理していないのはもったいないのではないでしょうか」と、減少し続ける日本の水産資源について問題提起する。

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これまで石井氏は、「一般社団法人Chefs for the Blue(シェフズ・フォー・ザ・ブルー)」のリードシェフを務め、各地でトークセッションや、イベントなどでサステナブルな魚を使ったフードメニューを企画するなど、志を共にするシェフとともに日本の水産資源の現状を伝える活動を推進してきた。

そして、昨今感染者が増え続けている新型コロナウィルス感染症に対しては、最前線で闘う医療機関の人々に料理を届ける「Smile Food Project(スマイルフードプロジェクト)」を起ち上げ、プロジェクトリーダーを担った。

「大変な苦労をされている医療機関の人々に、おいしいものを食べて元気に幸せになっていただきたいと始めました。料理人だからといって、ただ単に料理のことばかりを考えているのではなく、料理人には料理人なりの社会貢献ができるはずです」と、自らアクションを続ける。

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プティフール:最後のプティフールもサプライズ感たっぷり。抹茶パウダーをかけて、ほうじ茶のクリームを包んだシュークリームは苔に見立てられ、そっと本物の苔のオブジェの横に忍ばせる。ココナッツをまぶしたホワイトチョコレートのガナッシュは本物の白い石とは少し質感が異なり見分けやすい
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もっとも難易度が高いのは、竹炭でコーティングし、信州味噌を忍ばせたショコラ。本物の石から作られたシリコン型を用いるなど、慎重に見比べないと見分けられないほどの完成度

最後に石井氏が、料理人の枠を超え活動を続ける理由を聞くと「食の世界で育ててもらったので、恩返しをしたいという気持ちもあります。そして、料理人や飲食業界を目指す若者を増やしていくためにも、料理人が憧れられる存在となるように努力したり、様々な課題にチャレンジしたり、常に発信したりしていかなければならないと考えています」と語ってくれた。

ゲストや生産者、スタッフに対してだけではなく、日本における食の未来に対しても誠実な石井氏の次なる挑戦を見守っていきたい。

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取材・文/グルメジャーナリスト 東龍 撮影/佐々木雅久

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この記事でご紹介したお店のコース

取材した施設

  • レストランフランス料理 シンシア

    東京都渋谷区千駄ヶ谷 3-7-13 原宿東急アパートメント B1F

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