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ぐるなび

『ミシュランガイド東京 2020』注目店特集

2020.9.16

「疲れた心を回復させる一方で、傷跡を残すレストランでありたい」

プリズマ オーナーシェフ 斎藤智史

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日本で唯一の二つ星イタリアンが誕生した。『ミシュランガイド東京 2020』が発表され、その大きな注目を集めたのが、『ミシュランガイド東京 2018』から一つ星として掲載され、今回二つ星へと評価を上げた「プリズマ」だ。東京でイタリア料理が二つ星の評価になるのは『ミシュランガイド東京 2011』以来となる。

表参道駅から少し歩き、根津美術館近くの路地裏。南青山の洗練された空気感に自然と溶け込む大きな木の扉が、「プリズマ」の入り口だ。

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店内のインテリアは、イタリアのアンティークを中心に、器やカトラリーまで随所にこだわりを感じさせる。オープンキッチンとの境目は、大きなステンレスのカウンター

青山の一等地に、約40坪。この贅沢な空間に置かれたテーブルと椅子の配置は、余白の美学ともいえよう。わずか4卓のテーブルには、椅子が2脚ずつ。「最大でも、全体で10名までに予約を制限している」と話すのは、オーナーシェフである斎藤智史氏だ。

「設計をお願いしたのは、オフィスやギャラリー、劇場などの建築を中心に手掛ける若手の建築家の方です。きっと飲食店作りにノウハウのある方がデザインしたら、『まず何席作れるか?』というところからスタートしてしまう。たとえばこの壁一面の大きなガラス窓は、すべて畳んで全開にできる設計になっているんですが、そこにテラス席を作るわけでもなく、機能性という目的は一切ありません。回転率を高めることや便利であることよりも、居心地の良い空間をデザインしてもらう観点から、あえて飲食店をメインにしていない方にお願いしたんです」

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オーナーシェフ 斎藤智史氏。イタリアはロンバルディア州やヴェネト州で研鑽を積み、帰国後、フランス料理店での修業、イタリア料理店のシェフを経て2004年に自身の店を開業。2011年、現在の青山に移転し「プリズマ」として再スタートした

一般的な飲食店において、「何席作れば土地代が回収できるか?」という算段は必要だが、斎藤氏の構想においては、それは意味を持たない。料理はすべて一人で行うため、完璧に対応できる客数は8名がベスト、10名が限界なのだ。そうまでして一人で仕込みから盛り付けまでを行う理由を聞いてみた。

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壁一面の大きなガラス窓は、特注サイズ。建物には囲いがあるため、人目は気にせず、ゆったりと落ち着いて食事を楽しむことができる

「例えば自分以外にも人を雇えば、もっとたくさんの予約を受けることはできますし、機械に頼れば量産することもできる。けれど、一つ一つ自分の手で作り上げていくことで得られることがたくさんあるんです。音楽でたとえるならば、80〜90年代のあるロックバンドは、メトロノームの役割自体を自分たちで作っていました。もちろん、メトロノームのほうが正確だという人は大勢いるし、機械のほうが精度の高いものができるけれど、それだけでは納得できない。仕込み中のくだらないと思われることでも、自分でやっているといろんな岐路があり、毎日繰り返す作業の中でもそこからまた分かれ、さまざまな発見が生まれます。一人ですべてやることの意味は、そういった部分にあるのかもしれません」

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客席から臨むキッチンカウンターでは、一皿一皿に真摯に向き合う斎藤氏の姿が

「そしてもう一つは、私自身が自分に納得できていないことも大きな理由なのかもしれません。若い人を雇って料理の技術を伝えていくことはとても大切なことですが、常に自分の実力を疑っている私自身が、彼らに正解を教えてあげることはできないと思っています。『これが正しい、これが完成形だ』と教えられないので、『こうして欲しいけど、もしかしたら間違いかもしれない』としか言ってあげられない。それではスタッフも働きづらいのではと思います」

長きにわたり料理に対する独自の姿勢を貫いてきた斎藤氏。料理に対し、「自信がない」という言葉の裏に、果てしなく貪欲かつ謙虚に向き合う料理人としての姿勢が感じられる。

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桜鱒の瞬間燻製

「プリズマ」のコースを構成するそれぞれのポーションは少なめだが、その一つ一つに繰り返し胸を打たれるような印象的な料理が並ぶ。取材時(2020年3月)に登場した「桜鱒の瞬間燻製」は、低温で二日間、燻製にかけた桜鱒が主役の前菜。

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8種のビネガーに茹で卵や玉ねぎ、香草などを和えたものをオリーブオイルと生クリームに漬けこみ、24時間マリネする。それを濾したソースが桜鱒の表面に敷かれ、渾身一体の味わいに。その上に彩りを添えるのは、フレッシュなマイクロルッコラなどのハーブ。ルッコラとブイヨンを鮮やかに仕立てたグリーンの自家製ソースと、フィノッキオとカモミールの白いピューレを添えている。

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キャビアと赤ワインソースのタリオリーニ

パスタは、「キャビアと赤ワインソースのタリオリーニ」。赤ワインのソースは、香味野菜や鳥のブイヨン、仔牛のだし、バジルなどで引き出された奥深い味わい。そびえ立つタリオリーニのトップをキャビアが飾り、シンプルな見た目ながら、口にした者だけが、その贅沢な余韻を楽しむことができる。

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最後に、妥協しないその姿勢を維持するモチベーションを、斎藤氏が教えてくれた。

「私たちの仕事とは何か?その答えを考えたときに、一つは“心を回復させる娯楽”でした。どうしても必要なものではないから娯楽と呼びますが、たとえば、普段疲れている人が料理を食べた後に『これでまた仕事を頑張れる』と、元気になってくれる。そして、もう一つの目的は、“人の心に傷を付ける”ことのような気がしています。最初は多少の抵抗感や不快感があっても、そこで傷跡が残って、2日経ったら『あれ、やっぱり良かったかも』と価値観が変わることってありますよね。3周まわって戻ってきたくなるというか、忘れられないレストランってあると思います。『今までこれが1番と思っていたけれど他があった』という、新たな価値を知ったことで、前の自分の価値観に戻れなくなるという経験をしてもらいたい。不思議なことに、価値観を変えられたお客様の欲求というのはさらに強くなって、『仲間も連れてくるから、もっとおいしいものを』と、より精度の高いものを求められていくのが、また面白い部分なんです。でも、この“心に傷をつける”だけではダメなので、相反して「心を回復させる」役割も併せてもつようなレストランを目指しています。そんなレストランを見つけられたら、私も嬉しいですから」

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レストランに独自の価値を見出し続ける料理人。決して風潮に流されず、孤軍奮闘の先に生まれるその料理は、イタリア料理という枠にもはまらない、常に進化し、客へあらたな食の価値を提供し続けている。それこそが、「プリズマ」が日本で唯一の二つ星イタリアンである所以なのだろう。

取材・文/藤井存希、撮影/佐々木雅久

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